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CosMOS  作者: 螢音 芳
Chapter.1
15/144

7. 誓い

 翌日の朝、ケイトはナノとともにカナタ達や子ども達が宿泊している集会所に顔を出した。

 後ろには人の形態のウコンとサコンを連れている。


 集会所では相変わらず悲痛な声が響いていた。

 イツキから話は聞いていたが、子どもたちのあまりの叫びにケイトは悲しそうに眉をひそめる。

 その時、集会所の外から戻ってきたケンジとルイがケイト達を見つけて声をかけた。

「あれ、奥さんか?」

「あの、えーと、たしか……」

「ケイトよ、覚えてくれたら、うれしいかな」

 ケイトが微笑みながら返すと、ケンジの顔が赤くなる。その頭を後ろからルイがスパッととはたいた。

「あれ? どうしたんですか、ケイトさん」

 ケンジ達の声に気づいたカナタが集会所から出てきて声をかけた。

「そう、ね……話があってきたの」

 いざ言おうとしてケイトが淀む。これから口にすることが、残酷な面を持ち合わせていることは理解しているからだ。

 見た目、高校生ぐらいの年齢のカナタ達に告げることもより罪悪感を感じさせる。

 それでも、言わねばならない。ケイトは決心して笑顔を作ると口を開いた。


「……あの子たちの苦しみを終わらせてあげたくはない?」



 一方、その頃、イツキはハルカとともに昨日案内された白い広大な空間に来ていた。

 そこでは、首長と、ノイン、ノウェムが待っていた。

「おはようございます、首長」

「おはようございまする。どうされましたか?」

 首長が問いかけると、イツキはうなずいた。

「答えを言いにきました」

 昨日のどうするか、という問いに対する返答。

 決定的な別れになることを予感してノインとノウェムが固まる。

「そうでしたか。では、どこに行かれますか? それに応じて飛空艇のサイズも調節しなければ……」

 あえて淡々とした口調で首長が話していく。まるで地球での記憶を隠して他の地で安住を求めることが前提のように。

 しかしヤナギの言葉に対して、イツキは首を振った。

「すいませんが、僕らはどこにも行きません」

 その言葉に首長、ノイン、ノウェムの表情が驚きで固まった。

 3人のフェアリスの反応を見ながらハルカが苦笑する。

「どこにも行かないっていうのはちょっと違うんじゃないの、父さん?」

「そうですね」

「あの、イツキ殿、それはどういう……?」

「僕らは、あなた方が人類の代表たちと交わした、この惑星からケイオスを駆逐する、その約束を果たすために活動します」

 堂々と、まっすぐに視線を合わせてイツキは首長に対して宣言した。

「それは、なんと……!」

「だから、首長、あらためて約束していただきたい。惑星からケイオスを駆逐できた暁には、人類の精神体をすべて地球に戻すと、そしてすべての精神を平等に覚醒させると」

 その条件は、フェアリスにとっては願ってもないことである。ただ、それだけでいいのかと思っていると、ハルカが口を開く。

「正直なところ、家族4人で何ができるのか、と言われるとちょっと困るんだけどね」

「ええ、人類代表というのもおこがましいほどの人数ですからね」

「だからでこそ、フェアリスの協力を得られればうれしいんだけど」

 イツキの言葉にハルカがいたずらっぽく言うと、ノインとノウェムのことを見た。

「それはもちろん!」

「あなた方だけでは厳しいのはわかっているのです! 協力するのは当然なのです!」

 意図を察したノインとノウェムが勢いこんで言った。

「これ、お前たち……」

 首長がノインとノウェムをたしなめようとするが、ノインとノウェムは首を振った。

「フェアリスとしての沽券に関わるならば、単なるノインとして協力したいのです!」

「各陣営に散ったフェアリスが好き勝手しているならば、今更不干渉という枠に縛られる必要もないでしょう。それでも、罰するならば上等でノウェムは彼らと歩みたいのです!」

「お前たち……」

 首長はあきれつつも、羨望のまなざしでノインとノウェムを見た。

 尊き精神を目指し、肉体を捨てた存在となった。だが、こうして肉体を持つ種族と出会い、協力したり対立するのは、フェアリスも選択する岐路に立たされているのかもしれない。そう首長は考えはじめていた。

「そうか、そうか……」

 首長は感慨深くうなずくと、決心するように顔をあげた。

「ならば、わしもやめだ! イツキ殿!」

「は、はい?」

 いきなり勢いよく名前呼ばれてイツキが驚く。

「わしの名はヤナギという!これから先は首長ではなく、ヤナギとして関わらせていただきたい。そして、貴殿らとともに歩ませてほしいのです」

 ヤナギが音を立て、人に近い大きさの形態に変化すると頭を下げた。

 突然の事態にイツキとハルカは呆気にとられる。直後、顔を見合わせて互いに微笑むと、ヤナギに向かって手を差し出した。

 実体はないけど、手を取るように3人で握手する。

「微力ではありますが、やれるだけやってみましょう」

「まずは、この日本じゃなくて、列島? そこを取り戻すとこから始めてみよう」

 イツキとハルカが言うと、ヤナギは目に涙を浮かべながら感極まったように、ありがとう、ありがとう、と何度も何度も礼を言った。



 首長に意思を表明したあと、イツキとハルカはヤナギ達フェアリス3人とともに集会所へと向かった。

 集会所の前ではカナタ達とケイト、ナノが待っていた。

「イツキさん……」

 カナタが悲痛な声でイツキを見る。

「何が正しいのか、俺にはわからない。けど、俺にはこのままがいいと思えないんだ。自分に置き換えたら、きっと辛くてたまらない。あいつらも、きっと同じことを思っていると思う」

 だから、と言うと顔を俯かせながら言葉を続けた。

「あいつらを解放してやってくれ」




 集会所の中に入ると、奥の一室の方へと向かう、そこではイツキが昨日訪れた時と変わらずに叫ぶ子ども、自身を傷つける子どもがいた。

 ナノは集会所の他の子どもたちが気づかないように外で一緒に遊んでいる。

 子どもたちの凄惨な様子に、ハルカ、そしてカナタたちも目を背けてしまう。だが、ケイトはイツキと共にじっと子どもたちの様子を見ていた。

 一人のこどもがイツキに近づくと、その身体を叩き始めた。

 その子どもの体をイツキは抱きしめる。

 叩かれても、叩かれても抱きしめる。

「どうか、恨んでください。どうか、ぶつけてください」

 静かにイツキが言葉を口にする。

「君たちを救えなかった大人のふがいなさを。

 君たちを傷つけた大人の醜さを。

 君たちに当たった大人の弱さを。

 その口惜しさや理不尽さ、すべての怒りをぶつけてください」

 その子どもはたたく、叩き続ける。

 言葉が届かないことはわかっている、もうこの子どもの心が折れてしまったことをイツキはわかっている。

 それでも言わなくてはいけない。そうでないと、この子たちは何も救われない。

「今は眠らせることしかできない僕らを許してください。

 僕らは、君たちが起きたときにもう一度チャンスが訪れるように歩みます。また起きた先で幸せになる保証はありません。約束もできません」

 イツキが話していくごとに叩く子どもの手の勢いが弱くなっていく。

「だけど、ここに君たちの心に幸せが訪れることを願った人間がいたことをどうか忘れないでください」

 子どもの手が叩くのをやめ、イツキの服をぎゅうっと握り締める。

 その手は、何かをつかもうとしているかのようだった。

「サコン、ウコン、お願いします」

 静かにイツキが言うと、人型形態のサコンがうなずき、実体のない手で子どもの顔に触れた。すると、子どもの表情から険しさが消え、目が閉じられると眠りに落ちた。

 他の子どももウコンとサコンが同様に触れ、眠りにつかせていく。

 その子どもたちからは寝息は聞こえない。

 この処置は精神体をこの惑星の肉体から切り離すもので、復活することができない代わりに精神をリセットすることができる。子ども達は精神体のみ地球へ先に戻り封印が解かれるのを待つことになる。

 ただ、もう一つの故郷を知らないカナタ達5人には話すことができない。 

 安らかな寝顔を浮かべる子ども達を見てルイ、アヤメが涙を浮かべる。

 そのとき、部屋に一人の子どもが入ってきた。ベッドで泣き叫んでいた子どもが寝ているのを見ると、首を傾げた。

「この子、この間まで一緒に遊んでたんだ」

「そうなの?」

 寂しそうに言う子どもに対して、ケイトがかがみこんで問いかける。

「うん。けど、僕のことをかばって死んだあとからおかしくなっちゃったんだ。熱い熱いって言って、ずっと泣いてて辛そうだったんだ」

「そっか」

「寝れたってことは休めたのかな」

「そうね、長く休めるところに行ったのよ」

「じゃあお別れを言いたかったなあ。そして、よかったねって言ってあげたかったなあ」

 ケイトは静かにその子どもを抱きしめた。俯いた顔からはどんな表情を浮かべているかはわからない。

「ワリぃ」

 そう言うと、ケンジとリュウが部屋を出ていく。

 ルイとアヤメは泣き崩れて、床に座り込む。

 カナタは目を背けつつも、部屋から出ようとはしなかった。

 ハルカは、背けていた目を、眠りについた子たちに向ける。さっきまでの焦点のあっていない悲しい顔とは異なった、安心したような寝顔だった。

 この先、この子どもたちが起きれるように戦わないといけない。

 ケイオス、他のプレイヤー。いろんな戦いを経験して、負けて死ぬこともあるかもしれない。それでもまた起きて心が折れないように戦い続ける。


 子どもに対して誓いの言葉を告げた父の背中を見ながら。

 ハルカはその決意を新たにしたのだった。



 子どもたちの精神体が地球へと帰っていった次の日の朝。

 イツキから呼び出されたカナタ達が、村の中の格納庫に向かうと、そこには前よりも頑丈な新品同様の飛空艇が設置されていた。

「すげえ」

 ケンジが感嘆の声をあげる。

 飛空艇を見ると、そのそばでイツキが作業をしており、ハルカが補助するように手伝っていた。

「おはようございます」

 イツキが気づいて、5人へ声をかける。

 それぞれ、おはようございます、ちーす、どうも、と各々の挨拶を返していく。

 カナタが飛空艇を見上げて首を傾げた。

「イツキさん、これって?」

「村長さんが保管してくれていた飛空艇です。放置されてたみたいなので整備しておきました」

 実際のところは、フェアリスの元素変換の力によって飛空艇を作り出しただけである。

 それと、というと、イツキは作業台に置かれたそれぞれのプローム素体を示した。

「君たちのプロームも少し調整を入れておきました」

 こっちが本題であり、ハルカからそれぞれの戦闘スタイルの情報を受けてそれに合わせてプロームを強化、調整をしておいたのである。

 B3に近いスペックは出せるようになっており、他の所属のプレイヤーと戦ったとしてもそうそう劣勢にはならないようになっているはずだ。

 それぞれ手に取りつつ、確認しながらカナタが問いかける。

「それってB3みたいな動きができるようになるってこと?」

「ええ。ですが、その分もしかしたら、動きづらくなっていることもあるかもしれません。そこは慣れていってくださいね」

 イツキの性分としては操縦者のレベルに合わせて調整したいところなのだが、あえて操縦者の方が合わせろと告げた。

 そうしないと他の派閥と戦闘になったとき、不利になる可能性が高いためだ。厳しく言うのであれば、慣れなければ生き残れないし、子どもを連れて旅はできない。

 事前にカナタらの意志を聞いたが、子どもを連れて旅をするのは変えないし、今までと変わらず虐げられている子どもを助ける、と言ったのである。

 イツキとしては、その意志に同調したい気持ちもあり、ケイトとしては子どもを預かるのもやぶさかではなかったが、あくまで自分たちの目標はケイオスの打倒であり、違えることはできない。そしてケイオスを打倒しながら、子どもたちの世話をすることは同時にはできなかった。

 だから、これはせめて彼らにできるイツキとハルカからの手向けであった。

 カナタ達がそれぞれのプローム元である武装を確認する様子を見て、きっと彼らならば使いこなせるだろう、とハルカは思う。

 彼らも立派なトップクラスのプレイヤーであり、ツインハック戦の時のハルカのサマーソルトやワイヤーを使ったトリックはもともと彼らから教わった技なのだから。

「ありがとうございます。何から何まで」

 そう言い、カナタが頭を下げると他の4人も同じように頭を下げた。

「いえいえ。そうそうケイオスの素材を使ってるので、故障して補給したいときには素材を持ち寄ってうちのところに来てくださいね」

 イツキがそう言うと、カナタが前にのめった。

「なんですかそれ?」

「そうすれば、ケイオス討伐協力してくれるでしょう?人手は足りないのでいつでもほしいですし。素材持ってきてくれたら無償で修理、強化するんだから安いもんじゃないですか」

「うわあ、大人って汚い……」

 カナタがドン引きするように言うと、ハルカがそのやり取りを見て思わず微笑んだ。

 本当のところは、こう言えば、また来てくれるということをイツキは期待しているのだ。何だかんだで心配ではあるから。

「あ、間に合ったみたいだね」

「足りるかな?」

 そこへ、ケイトとナノが台車を押しながらやってきた。

「ケイ、トさん!?」

 ケンジががちがちに緊張しながら言い、その頭をルイがひっぱたいた。

 そう言えば、ケンジの好みは気の強い女性って言ってたことをハルカは思い出す。そう考えると、ケイトはもろにタイプなのだろう。

「行くんだったら、これ餞別」

 ケイトが台車に載ってたコンテナの蓋をあけると、そこにはぎっしりとパンが入ってた。

「ケイトさんこれって」

「食べないって言うんでしょ?けど、食べたほうが気力も沸くものだよ?」

 そう言い、ケイトがにやりと笑った。

 そのうち、子どもの一人が台車に近づいて、ひょいっとパンを1個取り出すとほおばった。

「おいしーい」

 嬉しそうにほおばると、わらわらと子どもたちが寄ってくる。

「お前ら、きちんとお礼を言ってからもらえよー」

 カナタが呆れたように釘をさすと、思い出したように、ありがとうございます、と子どもたちはお礼を言った。

 そんなこんなでにぎやかなやり取りがあった後、いよいよ出発する段階となった。

 飛空艇のエンジンが始動し、温められていく。

『じゃあ、世話になったな』

 格納庫に備え付けられた通信用のモニターから、カナタの音声が流れる。

「「「「どういたしまして」」」」

 4人でそろって言うと、向こうから吹き出す声が聞こえた。

『何というか、本当に仲がいいな、あんたら』

「だって家族ですから」

「あははは……」

「ハル、その曖昧な返事はなにかな?」

「おにい、顔ひきつってるよー」

 それぞれカナタの言葉に対して、次から次へと言葉が返ってくる。

 にぎやかながらも、うらやましいことだ、とカナタは思う。

 自分たちを含め、家族がいなかったり、縁を切った者もいるこのご時世に家族で仲が良いのは当たり前のことではないからだ。

 あ、と思い出したようにカナタが声を漏らすと言いにくそうな調子で言葉を紡ぐ。

『そういえば、ハルカ。もしかしてなんだけど、さ。俺たち、どこかで会ったことあるのか?』

 カナタからの質問にハルカの表情が固まった

「それって……」

『おかしいよな、そんなはずはない、と思うのに。お前の戦い方とか、お前と話したりするやり取りをなんとなく懐かしいように思うんだよ』

 CosMOSで、チーム戦したときのことをハルカは思い出す。カナタとは総力戦の時、前衛として前線を一緒に駆け抜け、互いに助けたり、助けられたりしたことがある。

 ほんの数週間前の記憶なはずなのにそれがなんだかとても懐かしいことのようにハルカには思えた。

「奇遇ですね、俺も同じように思ってたんです」

 だけど、この記憶は今は共有する必要は、ない。

 今はそれぞれの道があるのだから。

 共有するのは地球に帰ったときだ。

『そっか、なら気が合うのかもな』

「ですね。また会ったときには共闘できるといいですね」

『そん時は、どっちが多くケイオスを狩れるか勝負だな』

 そう言うと、互いに笑った。

「じゃあ、気を付けて」

『そっちも。互いに良い旅を』

 エンジンの後部からジェットが噴射され、飛空艇が発進し前に加速、あっという間に機体が地面から離れると、空へと旅立っていった。

 遠くの空を見ながらハルカは呟く。

「いつか、また……」



 カナタ達を見送り、渡瀬家も旅立つ準備をしていたその日の夜。

 イツキは渡瀬邸を前に悩んでいた。

 ヤナギが気づいてイツキに声をかける。

「どうなされたのですか?」

「せっかく自宅を再現してもらったので、消すのが惜しいな、と思いまして」

 長旅のあと、久々に家に帰って居心地の良さを実感し、惜しくなってしまったのだ。

 またここに戻ってくる可能性は低いかもしれないが、それでも消すには忍びない。

「ならば、このまま消さずに残しておきましょう。別にあったところで困るものはないですし」

 ヤナギの言葉を受けて、イツキの表情が輝いた。

「本当ですか?ありがとうございます」

 イツキの嬉しい表情を受けて、ヤナギがほっほっ、と好々爺然として微笑んだ。

「確か、ヤナギさんも、今後の旅にはついて来てくださるんですよね?」

「もちろんです。それと、さんじゃなくて、ヤナギでいいですぞ、イツキ殿」

「え、それなら僕の方も呼び捨てで」

「それは譲れませんなぁ」

 ヤナギが穏やかに拒否する。

「なら、僕も変える訳には」

「では、家の話はなかったことに」

「……わかりました」

 家を交渉条件に出されて観念するようにイツキが言った。

 あまり敬称で呼ばれることは慣れてないので本当は勘弁して欲しいのだが。

 やれやれと首を降ると、イツキは話題を切り替える。

「その、ヤナギ……は首長という立場なのに、個人的な味方をしても大丈夫なのですか?」

「ああ、それなら心配いりませぬ。首長はそもそもくじ引きで決まったもの。名ばかりで困った時に引っ張りだされるぐらいの役割ですから」

「くじ引きって……じゃあ、人類をオービスに強引に呼び出す作戦は?」

「それは、周りの者が言い出したことで、すでに流れが出来てしまいましてなぁ……。各国の裏切りにあい、人類に対して不信感が募っていて今さらノーとは言えなくなっておったのです。とはいえ、最終的に頷いたのは確かなので、その責任は当然自分にあると思っておりまする」

「それはまた、なんというか……」

 くじ引きで押し付けられた挙句、周りからこうしろこうしろと脅迫のように誘導されつつ、でも責任は果たそうとしているのだ。

 ヤナギの人の好さと押しの弱さが見えてしまう。

「ただ、この10年の間、フェアリスたちを纏めることもできず、革新的な方針を打ち出せず首長としての役割を果たせませんで同胞からは失望の目を向けられておりまする」

 自嘲しつつ、ヤナギが首を振った。

「皆、人に触れ、久方ぶりに感情を得たことで戸惑いが強いのでございまする。そんな時、きっと皆導いてほしかったというのはわかっていたのですが……私にもどうすることは出来ませなんだ」

 ヤナギの言葉を受けて、イツキが考え込む。

「ケイオスが出現する前のフェアリスってどのように暮らしていたのですか?」

「どうもしませぬ。特に感情や思考が波立つことなくただただ穏やかな日々が続いておりました。特に代表もなければ、上下関係もない。その代わりフェアリス同士での交流もあまりない。そんな日々でございます」

 その日々は確かに穏やかだが、退屈なようにイツキには思えた。

 変化もなく、交流もないなら同種族間のトラブルも起こらないし、そもそも導いたり方針を示す必要性はほとんどない。

「そんな中でリーダーシップを見せろと言われても下地がないので無理じゃないですか」

「ですな。私もそう思いまする。だからでこそ、強く人を引っ張っていけるような者に我等フェアリスは憧れてしまうのでしょうな」

 そう言うと、ヤナギは意味ありげにイツキのことを見る。

 ウコン、サコンからヤナギは話を聞いており、イツキを始め渡瀬家の面々が示す人を惹き付ける魅力をヤナギも感じ取っていた。

 ヤナギの意味することがわからないイツキは首を傾げたのだった。

次の投稿は3/9を予定しています。

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