3. 旅の道連れ
旅を続けて2週間が経つころ、ノインとノウェムはまだ渡瀬家の4人と旅を続けていた。
放り出すと思っていたのだが、彼らは真面目にケイオスを倒し続けている。
それも癒そうではなく、旅をしている間の彼らはむしろ楽しそうな様子であった。
プロームの技術を育てること、未知の場所を開拓すること、旅先で新しい食べ物を見つけること、星と自然が織りなす景色に感動すること、そのすべてを楽しんでいるようだった。
そんな彼らと旅をしているうちに、いつの間にかノインとノウェムの方にも精神的な変化が生じていることを感じ取っていた。
それが良い事なのか、悪い事なのかわからないままに。
◇
ある日の夜。なだらかな山の頂上付近にてテントを張り、キャンプをすることにした。
すでに火は消して、テント内では家族4人が仲良く川の字になって寝ている。
テントの側の草むらで、ノインは人と同じように、仰向けになるようにして星空を眺めていた。
「姉さん……」
近くから話しかけられてノインが視線を向けると、いつの間にか同じような体勢でノウェムが星を眺めていた。
「ノウェム、どうしたのですか?」
「なんか、胸の奥が変なのです。今までにない感じなのです」
「それは、私も同じく、なのです」
双子で思いを共有する。
「変、なのです、最近。ハルカと共に戦っているのですが、彼が無茶なことをしようとするとたまらなく怒りたい気持ちになるのです」
「同じく、変なのです。ナノが怪我して、大丈夫だよ、と言うたびに何となく胸が痛いのです」
心境の変化を双子は戸惑いながらも、確かめるように言葉を重ねていく。
「イツキと話して、技術が向上して、自分が成長できてると感じるとワクワクするのです」
「ケイトと狩りをして、大丈夫だからと微笑まれると、安心感を感じてまあ、いいかと思ってしまうのです」
双子が空を見上げる。
「「これが、感情ということなのでしょうか……」」
怒り、不安、喜び、安堵、自身の変化に戸惑いはある。
ただ、それがどうしても悪いことのようには思えなかった。フェアリスの定義からは矛盾するけれど。
いや、そもそもなぜ自分たちかフェアリスの保守的な考えを固辞しようとしていたのか、感情を自覚したことで気づいてしまった。
「私たちは、同胞を憎んで蔑んでいたのです」
「感情が生まれたことによって、最悪の事態を招いてしまった彼らと同じにはなりたくない、と拒絶したのです」
でも、それは間違いだった。
話していくうちに、ノインとノウェムの表情が曇っていく。
「私たちは、彼らに話すべきなのでしょうか?」
「そうすべきなのですが、言いたくない。言うのが怖いのです……」
「私も、なのです……それは、きっと、言ったら何かが壊れて取り返しのつかないことになるのです……」
それは、今の旅のことか、それとも短い間で築いた家族との信頼関係なのか。
答えが見えず、ノインとノウェムは二人で寄り添い合い、互いを抱きしめる。
そんな双子をよそに、テントの中で、もぞりと小さい影が動いた。
◇
翌日の夕方、連日の習慣のようにケイオス討伐を終えてハルカとノインが野営地へと戻ってきた。
「ただいまー」
いつもの調子でハルカがケイトとナノに声をかけた。
その後から、
「「おかえりなさーい」」
と2つのにぎやかな声が続いた。
ハルカが驚き、ノインが何とも言えない表情を浮かべる。ノインとしては、鈍いが始末がめんどくさい害虫にでも出会ったような様子だ。
「なんなんですか、あなたたちは」
ノインが声をかけると、熊のぬいぐるみのような存在が浮かんだ状態で腕を組む。
「そう言うな、ノイン。旅は道連れというではないか」
「旅も何も、わたしたちは距離や時間にしばられることはないから、旅なんてあってないようなものでしょう、ウコン」
ふよふよと狐のぬいぐるみのような存在が浮かんでくすくすと笑うように口元に手を当てる。
「そう言いますな、ノイン。あなた方が楽しいことをしていると我等の間では噂になっていますよ。それを独り占めするなどなんと性格の悪い」
「サコン、楽しんでるって何ですかそれは!それに、性格が悪いって誰がですか!」
威嚇するかのようにノインの黒い耳としっぽが毛を立ててふくらむ。その辺は地球の猫と変わらないんだなー、とハルカは見ながら思う。
サコンと呼ばれた狐のぬいぐるみがふよふよとハルカの方に飛んできて、しげしげと眺める。
「あの、何ですか?」
「いや、人類随一の戦果をあげるプローム乗りと聞いて、どんな猛者かと思っていたのですが、意外と線が細いのですね」
サコンの言葉にハルカの表情が笑顔のままひきつる。
父であるイツキがそもそも線が細いので、あまり体格については期待していない。こっちに転移したときに時間の経過からは切り離されるので、ここにいる限りは体が成長しないということを聞いていた。それでも実際は14歳なので地球に帰ったらもう少し身長は成長する、と思いたいのだが。
達観してるような、それでもあきらめきれないような微妙な心理にハルカがなっていると、しゃー、っと言わんばかりにノインが怒った。
「失礼ですよ、サコン!見た目と戦果は関係ありません!それに、ハルカは実際に多くのケイオスと拠点を撃破した優秀な操縦者です。彼なくして、プロームの発達もあり得ません!」
「おお、怖い怖い。しかし、そんなに言うということは、相当その若君に入れ込んでいるようだね」
狐目を嬉しそうに細めて、ほほほ、とサコンが笑うと、ウコンも熊の身体をおかしそうにゆらした。
「まったく、性格が悪いのはどっちなのだか」
ぜえはあ、とノインが肩で息をする。
その頭にぽん、とハルカが手をのせた。ノインの実体はないのであくまで、つもり、だが。
「何ですか、この手は」
「いや、怒ってくれてありがとう、と思って」
「そう思うんだったら、自分で怒ってください!」
しゃー、と今度はハルカにかみつき、どうどうとハルカがノインをなだめる。
「どうしたんですか?」
声に誘われるようにトレーラーからイツキが顔をだした。
「おお、あなたが噂の!」
「我等の予測した限界値を越えてプローム技術を飛躍的に向上させた、イツキ殿か」
熊と狐のぬいぐるみが体をふるわせると、ポン、と音をたてて煙が沸き上がる。煙が去った後には熊耳褐色肌のがたいのいい男性と狐目狐耳、狐しっぽの女性とも男性とも区別のつかない人物がイツキの前で土下座をするように頭を下げていた。
「無礼を承知で頼み申す! どうか、我等をプロームに乗れるようにしていただきたい!」
「我等の行った仕打ちを思えば、どれだけ面の厚い恥知らずな嘆願をしていることかわかります。ですが、そもそも我らの問題を我らの力で解決できないことに問題がある、そう思ったゆえにでございます」
然らば、何卒、何卒、と2人そろって頭を深く下げる。
時代がかったようなお願いのされ方に、江戸時代のお奉行様にでもなったような気持ちになり、イツキがひきつった表情を浮かべた。
「そう、ですね。フェアリスをプローム乗れるようにする技術を開発するのはやぶさかではありません。自分たちで問題を解決したいという思いも理解できます」
ただ、と言い、イツキはノインとノウェムのことを見た。2人のしっぽがぎくりと持ち上がる。
「そのフェアリスが僕らにした仕打ちというのがよくわかりません。むしろ、この2人から話を聞いたときには、僕ら人類の方が失礼なことをしでかしてフェアリスから信頼を失ったようですし。何でも、人類は戦闘しか能がない蛮族とか」
その言葉を聞いて、ウコン、サコンの表情が変わった。
「まさか、おぬしら」
「説明をしていないというのか、巻き込んでおきながら」
「う……」
ウコン、サコンの責めるような視線にノインが言葉に詰まった。それを見てノウェムが弁護するように言う。
「姉さんは悪くありません!それに、裏切られたという気持ちは本物です!」
「その気持ちはわかるが、その苛立ちを彼らにぶつけるのがそもそも間違いというものだろう」
ウコンにさとされ、ノウェムのしっぽがしゅん、としぼんだ。ウコンが正しいと認めているようだ。
そこへ、
「……その、あまりノウェムとノインを責めないでほしいな」
フェアリスたちの言い争いに割って入った声があった。
ケイトのそばで座ってたナノだ。
「ノインもノウェムも本当は人に関わりたくなかったんだよね。でも、一番最初に私たちに助けてくれたのはこの子たちだった。その後もずっとそばにいてくれたし」
ナノがよいしょっと立ち上がって、涙目を浮かべてしゅんとしているノウェムの頭をなでた。実体はないのはわかっている。が、さっきハルカがやったように、こうすることで示せる気持ちがある。
「嫌な気持ちになる相手とそれでも関わろうとするのって勇気のあることだと思う。だから、ノインとノウェムに私たちのことを好きになってほしい。信じられないって言うなら信じてもらえるように頑張りたい」
ナノの言葉を受け、ノウェムの目からぽろぽろと涙がこぼれてくると、ナノがよしよしとだきしめるように幻影を抱く。感触はないけれど、震えが伝わってくるようだった。
「確かに、最初に助けてくれたのはノインとノウェムの2人だから、事情を聴くならこの子たちから聞きたいな」
「そうですね、ここまで旅をしてきたから。というのありますし」
ケイトとイツキが同意するようにうなずく。
「ハルカ……」
ノインがハルカのことを見上げると、ハルカも苦笑した。
「俺も、同じ気持ち。今まで一緒に戦ってくれたからでこそ、信頼できる相棒だと思ってる。ノインもそういう風に思っててくれたらなって思ってるよ」
ハルカの言葉を受けて、ノインも目に涙を浮かべる。
「すいません。本当はとっくに話すべきだと気づいてはいたんです。ですが、話すのが怖くなったんです。話したら、きっとあなた方を失望させてしまう、私たちがどれだけひどい種族かわかってしまう、と。この関係を崩したくなかったんです」
「うん、だったら、待つよ。話してくれるまで。まだまだケイオスの駆逐には遠いわけだし」
言いながら、ハルカがノインの頭をなでるように幻影にふれる。感触はないけれど、そこには確かに存在する何かを感じ取れる気がした。
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