入学前
俺の名前は渡来 真いや、今はハインベルド・リオ・マコト・トーライだったか。
最初に名乗った事でお分かりだろうが、俺は三ヶ月前まで普通の日本庶民として過ごしていた。
髪も目も極普通の黒だったし、何か不思議な力を持っていたり孤児だったりしない。
テストに四苦八苦して、修学旅行の時にはどうやって女子の部屋に行くかを友人と真剣に話し合い、体育教師に追い掛けられる(密告された) そんな平凡な中学生時代を過ごしていた。
唯一通常とは違う点は、俺の一族には言い伝えというか事情がある。
俺達は元々異なる世界の住人らしい。昔敵国が細菌兵器(呪い?)で一族を殺そうとして、唯一生き残った曾祖父と曾祖伯母(曾祖父の妹をこう言う)の兄妹が兵器の力が及ばない地球に逃げて来たらしい。
眉唾と思うだろ?ネットに書き込めば中二乙wと馬鹿にされそうな話しだ。
けど、俺も含めて一族の者は全員信じていた。
幼い頃から将来帰る為の異世界の知識を学んでいた事もあるが、アレを見たら誰でも信じる。
山奥に隠れるようにある本家に所蔵された、異世界に関する事を異国の文字で書かれた膨大な書籍、大切に祀られた巨大な爬虫類の骨、そして金銀等の宝石が豪華に配置されたアクセサリーや宝剣等の財宝の数々。
父親が小さな頃からあったこれらを、只の酔狂で用意できるだろうか?多岐にわたる所蔵された書籍は、それらの内容に全く矛盾などなく学問として系統だって書かれた物である。
財宝も贋物ではなく全て本物で、鑑定士の身内が一度見ておったまげていた。
姪がママゴトに使っていたガラス玉が博物館級のダイヤだと言われ、従姉妹が悲鳴をあげていた。
もし、曾祖父達がイカレていたとしても、どうやって用意したのだろう。
到底、田舎の農家である二人が用意できる物ではない。
そして何よりも曾祖父と曾祖伯母の二人の人並み外れた美しさが決定打になった。
土臭い田舎に似つかわしくない神々しさを感じる美貌は年老いた今も健在で、とても90歳を超えた老人の様には見えない。
戦後の動乱期に地元に突然現れた二人は、そのあまりの神々しさに地元の人間は天女が現れたと大騒ぎになったそうだ。
そして、あまりにも美しく心が清らかだった為、当時の強欲な地主を改心させて彼の養子となり、土地の発展に貢献した事は有名で、【強欲地主と天女】という民話になっている。
東京に観光に言った曾祖伯母がモデルにスカウトされた話も、一族の誰もが疑わず「婆ちゃんすごいね」と納得していた。
そんな二人は俺が十二歳になった頃、六年後に迎えが来ると予言をぶちかまし、俺達は中学を卒業すると高校に進学せずに本家で帰る為に様々な事を学び、親達は関係者に迷惑がかからないように処理作業をしていた。
そして、三ヶ月前
帰る事を選んだ親戚一同が待つ中、マジで異世界からの迎えがやって来たのだった。
予め学んでいたとはいえ、驚いた事が二つあった。
財宝から曾祖父達が豊かな身分とは理解していたが、何と俺達一族は貴族だった。
しかも創国から連なる特殊な一族で、国王である神王に並び立つ事を許されている神聖な一族だそうだ。
祖父さん祖母さん、あんたら俺達は神職みたいな者だって言ってたろ!
なにがドッキリ大成功だアホ!笑うな!いきなり大勢に傅かれてマジでビビったんだからな!
まあ、ドッキリ大成功とかは一族の年少組に対する方便だ。
異世界での俺達の立場を教えて、変な風に勘違いして暴走しないようにと色々考えた結果らしい。
家長である祖父や行政処理を行っていた一部の叔父達は本当の事を知っていたが、それに同意して黙っていたし……。
そう言えば、祖父の兄弟で怪しげな宗教にかぶれて勘当されたり、借金や虚言を重ねて暴力沙汰を引き起こし、中には裁判所に相続廃除が認められたとんでもない人もいるらしい。
おそらく、それが曾祖父達が真実を隠していた理由だろう。
もう一つが異世界に行った瞬間に、一族全員の体が変わった事だ。
日本にいた時の姿は擬態で世界を渡った際に外見が多少変わるとは聞いていたものの、やっぱり実際に変わってみたら衝撃を受けた。
まさか、銀髪や金髪という派手な外見になるとは思わなかった。女連中は肌がツヤツヤになった事に狂喜乱舞していたが、男にとってそんな乙女チックな外見になっても嬉しくない。父さん達は自分の銀色に輝く髪を見て固まっていた。まあ、いわゆるアニメのコスプレのように違和感があるような物ではなく、純日本人顔でも似合うような色合いだった事は不幸中の幸いか……。
そんなこんなで俺達は現在、異世界生活三ヶ月目で慣れない貴族生活に四苦八苦である。
「真、明後日から学校に入学するんだろ?サボらずに庭の世話をしろよ」
「そうそう、ちゃんと用意した?」
「してるよ」
母親が気をつけないといけない要項を指折り数え始めたので、耳を指で塞いで煩そうに顔を歪めて話題を変えた。
「そんな事言って母さん達はどうなのさ、川の管理は大変だろ?」
「はぁ~思い出させないでよ、酷いのよお父さんたらお母さんが幾ら止めてって言っても船を止めずに爆走するのよ。」
「いや~何だか舵を握ったら血が騒いで。」
母親に睨まれた父は、何かを思い出して満足そうに笑っていた。
俺らトーライの一族には重大な仕事がある。それはこの国の王族のみが所有する四つの【神の遺産】の管理だ。それぞれ一族の者が分担して手入れしている。
【神の庭】には【庭師】
【竜】には【調教師】
【癒しの泉】には【管理人】
【天空の天蓋】には【修復士】
一族の全ての者がこの4つの職業に就いて、各遺産を担当している。癒しの泉にはそこから幾筋かの川が流れていて、父と母はこの辺り一帯の【川の管理人】なのだ。ちなみに、横にいる弟は修復士見習いで俺は庭師見習いだ。
この度、俺はある学園に通う事になった。その学園には【神の庭】の分庭園があり、代々庭師になる男子は学園に入学して分庭園を手入れする事が伝統らしい。それ自体は楽しみなのだが、幾つか不安要素がある。王宮で会った狸達が言っていた事とそれに対する一族の総意を思い出して溜息をつく。打算で誰かと仲良くする事は得意ではないのだ。
少々不安がつのるマコトであった。