プロローグ
朝日が満ちる豪華な室内
持ち主が哀しいまでの庶民な金銭感覚を持ち抵抗したがゆえに、華美さは彼の身分を考えると皆無に等しいが、使用人達が密密に質にこだわった為に室内の家具は全て極上だった。
彼が今、身を横たえる天蓋付きのベッドを一つとっても、わざと鈍い色合いに加工された最高級のシェバルド産のアイン・ウッド。
体を覆う毛布はまるで天女の羽衣のように軽く暖かく彼を包んでいる。
それら全てには落ち着いた流麗な装飾が施され高級品のみが放つ貫禄を持っていた。
そんな物に包まれて、彼は深い眠りの淵を漂っていた。
まだ十代後半の青年だ。
能天気に惰眠を貪るその造形は平凡である……。
少し大きめの鼻に薄い唇。目は閉じているが目鼻立ちはしっかりとしており、尚且つ穏やかな印象である。
男らしいが僅かに面長な顔は整っているが、決して美形ではないだろう。
顔つきの系統を言えば、いわゆる平安系だ。
体つきも何かスポーツをやっているのか、しなやかな筋肉がついた項が寝間着の隙間から覗いているが、それは彼くらいの年頃の青年には良くあることだし、背丈も長身の部類に入るが取り立て人並み外れて背が高い訳ではない。
平凡な青年。そう、顔の造形のみで言ったら…。
白地のカーテンの隙間から差し込む朝日が彼の瞼を照らし、それによって起きた青年は不承不承ベッドから起き上がり、洗面所まで移動した。
寝室の横の扉を開くと、そこには青、緑、白のタイルで装飾された洗面所が現れた。真鍮製の蛇口を捻ると、温水が勢いよく迸る。
ノソリと亀の様な動作で顔を洗い、タオルで水滴を拭いながら自分の顔を鏡で見た青年は…。
「ウギャァタァァァァァ!?お化けぇぇぇ!」
大絶叫した。
恐怖に顔を引き攣らせて良く見もせずに後ろに猛ダッシュした彼は、重たい樫の棚に頭から激突してズルズルと倒れた。
ガヅンと彼の頭蓋骨の状態を心配するような音が響いた。
「う゛…うぅ…。そうだった俺だった…。」
自分の顔にビックリした青年の名前はハインベルド・リオ・マコト・トーライ。
造形だけだったら平凡な彼のその身は極上だった。
体を覆う皮膚は修道女が年に数本しか織らない絹の様に滑らかで染み一つなく、指を這わせればそれだけで傷付いてしまいそうな位、白く輝いている。
男らしく節の目立つがしなやかな指先はアカギレやタコなど一つも無く、指先は桜貝を削り出したような爪が控えめに飾っている。
足の甲ですら不潔な印象は全くなく、親指が少し長いソレは男として完璧な造形を描きつつも、その道の変態であれば土下座してもハイヒールを履かせたい魅力を纏っている。
しかし、彼の最も特徴的な魅力はそれではなかった。
涙目で洗面台に戻った彼の目に入ったのは、鮮やかな色彩だった。
腰まである長く豊かな髪は輝くばかりの銀髪で、艶やかな髪は枝毛とは無縁な光沢を放ち僅かな光を受けてもキラキラと明星のように輝いていた。
不満げに鏡を見つめるタドン目は神秘的な紫色、目の中に星が舞っているかのように僅かに金色が散っている。
唇はホンノリと色付きローズピンクのように慎ましやかだが、潤いを持っている。
彼の色彩を更に特徴的にしているのが、それらが持つ透明感だ。
人間が持つべき物ではないような水晶や碧玉が持つべき透明感のある色彩。
普通の人間の持つ色が俗っぽく見える種類の違う美しさ、普通の人間の色が油絵だとしたら彼の色は水彩画の色だ。
それはまるで彼がこの世の物ではないような神々しさを与えていた。
「あービックリした。」
そんな美しさを持つマコトは、俗っぽくない顔を酷く俗っぽく歪ませて溜息をついていた。
「ヒョエエエエ!?」
「うお!!」
「あらま!」
そんな彼の部屋に、遠くから家族が同じように驚く声が聞こえてきた。
「いや~、相変わらずこの外見に慣れないな。参ったね」
家族全員が揃う朝食の席で、マコトと同じく銀髪で紫色の瞳の父がそう零した。彼もまた美しい色彩を纏って肌がトゥルントゥルンであるが見事な太鼓腹の中年で、マコトが受け継いだと思われるタドン目も相まって狸にしか見えない。見事な宝の持ち腐れである。
父の言葉を聞いて、赤と白に近い金の二色の髪にピンク色の瞳を持つ母が応えた。
「あなたは良いじゃないの。私なんて髪にメッシュがはいってんのよ?しかも目はピンク色だし、この歳で恥ずかしいわ」
母は溜息を付きながらテーブルの上のスープを飲み、「あらやだ美味しい!」と傍らに控えるメイドにスープについて尋ねて、そのまま料理談議に花を咲かせていた。
「う~」
「何うなされてるんだ?」
モソモソと御飯と沢庵を食べながら唸る弟に聞くと、銀髪にピンク色の瞳の弟は兄を見上げて、やつれた顔を見せた。
ちなみに兄弟であるだけ各々のパーツや雰囲気はよく似ているが、こちらの造形はすこぶる上等である。両親の良いパーツが絶妙なバランスで配置されており、下手な俳優よりも顔が良い。イケメンと言うよりも美形と言った類の顔立ちであり、色彩もあいまってマコトよりも人外感が増している。
「じつはこの前、大和兄ちゃんと肝試しにいったんだけど、その時会った幽霊と俺の外見がそっくりなんだよ~」
「確かに俺達の外見は幽鬼じみたものがあるからな…。」
マコトは弟の言葉に頷きながら箸を進め、焼き魚の白い身を解す。
パッと見は普通の家族団らんである。ただし、ここが貴族も目を見張るほどの大豪邸でなく、そこにいる彼らが庶民的な顔立ちに不釣合いなほど美しい体と色彩を持っていなかったらだが・・・。
ここは神に愛されし土地リオベルク
その中でも最上位とされる神王に唯一横に立つことが許された大貴族トーライ一族の邸宅であった。