第92話
「え? そ、そんな。それはまだ早いですわ。まずは順番が……。でも、ケンタ様が求められるなら。私も子供は10人は欲しいです」
「エルミ様! 帰ってきてください! そろそろエルミ様が居ないと話が進みませんから!」
「そうっすよ! 実際の話でもないのに、よくそこまで妄想が捗るっs――。ぎゃぁぁぁぁ」
真っ赤な顔で頬に手を当てた状態で身体をくねらせ、ブツブツと呟いているエルミの肩をルイーゼが揺さぶって正気に戻そうとする。一瞬、我に返ったエルミにゲンナディーが呆れた表情を浮かべながら話しかけた。だが、それは踏んではいけない地雷を全力で踏み抜い言葉だったらしく、エルミが素の表情になると、詠唱を短縮させて強力な風魔法を撃ち放った。
「痛い! ちょっ! なにするんっすか! さすがにシャレにならないっすよ! エルミ様! 酷すぎると……。いや、何もないです。本当に申し訳ございませんでした。反省しておりますので、これ以上はご容赦願いますでしょうか」
「ふふふ。いいのですよ。ゲンナディー。怒っていませんとも。ちょっとだけ言い方に気を付けて欲しいですね。分かりましたか?」
転がった場所から大声で抗議をしていたゲンナディーだったが、徐々に小声になり最後は普段の喋り方とは違い顔面蒼白で謝罪していた。その様子を目が笑っていない状態のエルミが微笑みながら見ており、近くにいたルイーゼも青い顔で、なぜかコクコクと頷いていた。
「エルミは魔法を色々と使えて羨ましいな」
「ケンタ様! 違うっす! 感心するところは、そこじゃないっす! いや、感心してないで叱って欲しいっす!」
エルミの魔法に感心したように健太が頷いていると、傷だらけのゲンナディーが仰天した表情を浮かべながら叫ぶ。
「まあ、ゲンナディーとは後でユックリと話をするとして、私が少し考え事をしている間に話は進んだようですね。認識合わせも兼ねて、もう一度教えて下さい」
「ああ。まずは俺が手持ちのペットボトルコーヒーを提供して、孤児院に喫茶店を作ろうと思う。領民達にコーヒーを知ってもらうために、当面は格安で提供する。仕事に行く前に寄れる場所をイメージしている。定着したら孤児院の運営を賄うためのお金も考えて、改めて値段設定をする予定だ」
健太の説明にエルミは頷くと、少し考え込むように目を閉じる。そして、健太に視線を向けると一つの提案を始めた。
「ケンタ様。領民向けもいいですが、貴族向けも始めませんか? そちらはペットボトルコーヒーではなく、ケンタ様にコーヒーを入れて頂きます。場所も孤児院ではなく、我が家で提供です」
「それは構わないが、コーヒーメーカーを使うのではなくて、俺が淹れるのか?」
領主であるステンカの屋敷に設置されているコーヒーメーカーを思い出しながら、健太が確認するとエルミは首を振って否定した。
「貴族用は外交で利用します。見た事のない魔道具を使って淹れるコーヒーは、王族も飲んだ事がないので強力なカードになります。ですが、まずは王家に献上してから利用開始の予定です。貴族用としては、コーヒーメーカーとは別に、ケンタ様がいつも淹れてくださっているハンドドリップ方式でお願いしたいのです。もちろんケンタさんが、こちらに滞在されている間だけで構いません」
「コーヒーを淹れるのは好きだから構わないが、俺が淹れたコーヒーを貴族が喜ぶのか?」
熱く語っているエルミに、自分が淹れるコーヒーに価値があるのかと健太が難しい顔をしていると、ルイーゼやゲンナディーが当然とばかりに頷いた。
「喜ぶに決まっています。異世界の勇者であるケンタ様が手ずから淹れたコーヒーですよ。大喜びしますよ!」
「当然っすよ! ケンタ様が淹れたコーヒーっすよ! 美味しいに決まっているじゃないっすか! 貴族様も大喜びっす。あの野郎は悔しがるでしょうけどね」
「あの野郎?」
ざまあ見ろと言わんばかりの態度のゲンナディーに、健太が首を傾げて確認する。全く心当たりがないとの様子に、ゲンナディーは驚き、エルミも苦笑をしていた。
「ゲンちゃん、あの野郎ってのは?」
「ああ。ルイーゼは知らないっすよね。塩の取り引きを無茶苦茶にしてくれた馬鹿息子っすよ!」
「ん? 居たな。そんな奴。それで、悔しがるのは何でだ? ……。ああ、そうか。あれだけ強気でやって来て、徹底的にやられたら普通は来れないな」
ゲンナディーの説明に健太は頷き、ルイーゼも話を聞いて憤慨していた。
「なんですかそれ! そんな人にはコーヒーを飲ませません!」
「飲ませないどころか、門前払いっすよ!」
『そうだー! そんな奴は門前払いだー! そうだよなー』
「「「おー!」」」
ゲンナディーとルイーゼが憤慨しながら意気投合していると、子供達を引き連れたミナヅキが参加してきた。一同は鬨の声を上げると、大いに盛り上がった。
「エルミは人気者だな」
「そんな事は無いですよ。でも、嬉しいです」
具体的にエルミを守る方法を話し合った一同を、健太は楽しそうに眺めながらエルミに話し掛けるのだった。




