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第9話

 朝の大撮影会は三〇分ほどで終わった。


「と、取りあえず、これくらいにしようか?」


「えっ? もうよろしいですか? 私は今日一日中シャシンでも構いませんよ?」


「いや。充電が無くなりそうだから終わりにしよう」


 一〇〇枚近く写真を撮っている事に気付くと、自分の行動に健太はうなだれて呟いた。


「なにやってんだ俺?」


「どうかされましたか? お疲れでないようなら、領内の散策でも行きましょう。今日はあいつは居ないはずなので」


「ん?」


 最後の言葉は聞き取れずに確認したが、特に何も言われなかったので気にせず出かける用意をする。


「会社がスリッパじゃなくて本当に良かった」


「ケンタ様の靴と靴下は変わってますね」


 運動靴を眺めながらエルミが足下を見てくる。朝の服装とそれほど違わない胸元が大きく開いている服に、健太は慌ててしゃがむと靴の説明を始めた。



「なるほど。紐で互いを組むことでしっかりとするのですね。それにクツシタも薄いですね。それによく伸びます!」


「おい。あまり引っ張るとユルユルになるから止めなさい」


 靴よりも靴下に興味津々なのか、健太の足を抱きしめるような体勢で確認してくる。バランスが取れずに転びそうになりながら、健太はエルミに街を案内するように伝えた。



「こちらが我がシャムシン騎士爵領が誇る城下町です!」


「お、おう。立派だね」


『ババーン!』と効果音が流れてくるかと思うくらいに両手を広げて、エルミが紹介を始める。城下町と呼ぶには閑静な空気を醸し出しており、街の規模や人の賑やかさを考えても健太のイメージする城下町ではなかった。


「村? いや、街だな。うん。素晴らしい街だ!」


 小さく呟いた健太の声はエルミに届いたようで、徐々に涙目になっていく様子を見て慌てて訂正する健太。誤魔化すようにスマホのカメラアプリを起動すると、ほどほどに写真を撮り始めた。


「それも、なお様に見せるためのシャシンですか?」


「ああ。そうだよ。どうした? もの凄く不機嫌そうに見えるけど?」


「その方はケンタ様の婚約者様ですか? こちらに来て頂いた時にも彼女の名前を叫ばれてました」


 完全に勘違いしているエルミの様子を笑いを堪えながら説明する。


塚腰 直章(つかこし なおあき)がフルネーム。直章が名前だな。会社の部下で仕事以外では、なおと呼んでいる」


「えっ? 男性の方ですか?」


「ああ。女性だと思ったか?」


 健太の言葉に安堵の表情を浮かべながら、エルミは近くにいた住民に話しかける。


「どう? お仕事の具合は?」


「エルミ様じゃないですか? お隣の方は旦那様ですか? 私達の知らない間に結婚されているなんて! ねえ! エルミ様が結婚されたそうだよ!」


「いや。ちょっと! 違っ! ねえ。待って! マドレおばさん!」


 横にいた健太を見た後に、エルミの様子を察してマドレと呼ばれた恰幅のいい女性が近くにいた女性達に声を掛ける。周りに響き渡るような歓声が上がった後に健太の周りに集まると次々と質問を始めた。


「ねえ! あんた名前は?」


「どこで知り合ったんだい?」


「これで行き遅れだったエルミ様も安心だね」


「あのムカつく馬鹿息子も来なくなるだろうさ!」


 一同の集中砲火に苦笑混じりに応えていた健太だったが、気になるキーワードに逆に質問をする。


「ムカつく馬鹿息子?」


「そうなんですよ! ケンタ様! やっつけて下さいよ! あいつ本当にムカつくんですよ! この前も男爵領の商品を値上げして――」


「ストップです! マドレおばさん! それ以上は言わないで!」


 首を傾げている健太にマドレが怒り心頭で語りかけようとする。だが、焦った表情のエルミに止められてしまった。物言いたげなマドレだったが、エルミの視線を受けて気まずそうに黙った。


「じゃあ、マドレおばさん。皆さん。失礼するね。ケンタ様。別の場所を案内します」


「あ、ああ。じゃあ、これで」


 引っ張られるように別の場所に案内される健太だった。



「こちらが市場です。この時間なら、お昼ご飯が食べられますね」


「ちょっとお金に興味があるね。こっちの硬貨や紙幣も見てみたな」


「シヘイ? 硬貨は鉄貨に銅貨と銀貨までならお見せできますよ。金貨は手元にありませんし、白金貨は生まれてこの方、見た事がありません」


「紙幣を見た事がない? ちょっと見てみるか?」


 エルミの台詞に健太は財布から硬貨や紙幣を取り出してみせる。


「凄いです! 紙にも模様や絵が! これがケンタ様の国のお金ですか?」


「ああ。興味があるなら、何枚か置いていこう。これなら、こっちの銅貨と同じじゃないか?」


 健太が十円玉をエルミに手渡す。


「これは俺の国で10円の価値がある。エルミの国でどのくらいの価値があるかは分からないが」


「ありがとうございます! こんな小さいのに綺麗な絵が描かれてるこんな細かいデザインが硬貨に描かれているなんて! この建物は神殿ですか?」


 まじまじと十円玉を眺めながら目を輝かせているエルミに説明をする。


「これは平等院鳳凰堂と言って、貴族の別荘を改修して作った神殿みたいな物だな。俺の家の近所にあるよ」


「えっ! ではケンタ様は神官の一族なのですか?」


「いやいや。それは――」


「おい! エルミ! そいつは誰だ!」


 驚いた表情をしているエルミをみて、笑いながら訂正しようとした健太だったが、背後からの怒声に近い声が聞こえてくるのだった。

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