第89話
「物凄く大騒ぎになっているけど、なにが行われているの?」
エルミとルイーゼが打ち合わせを終えて健太を探していると、広場で白熱している子供達を見付けた。健太が渡したボールを転がしているようで、何かが倒れる度に歓声が上がる。その中にゲンナディーとミナヅキが居る事に気付いたエルミは、2人に近付くと問い掛けた。
「ゲンナディー。何をしているのですか?」
「あ! エルミ様! ケンタ様が考えて下さったボウリングっすよ。子供達が物凄く気に入ったようで、大盛り上がりっすよ!」
「そうみたいね」
エルミがゲンナディーの説明を聞きながら健太を探していると、子供達に混じってなにやら書き物をしているように見えた。楽しそうにしている少年のような姿に見惚れていたが、ルイーゼに肩を叩かれると我に返って健太に近付く。
「ケンタ様? 何をしているのですか? ゲンナディーからボウリングとのゲームをしていると聞きましたが?」
「おお。エルミか。ああ、そうだ。思った以上に人気があるみたいだな。これは本格的に道具を揃えた方がいいかもしれん。ああ、何をしているかって? ボウリングの得点の付け方を教える代わりに、子供達に数字の書き方を教えて貰っていたんだ。なあ、みんな?」
健太が子供達に同意を求めると、一斉に答え始める。
「そうだよ! ケンタ様に数字を教えていたんだ!」
「ケンタ様にもらった飴玉美味しかったよ!」
「僕は金平糖が甘くて好き」
「ケンタ様にもらったジュースも美味しかったー」
「クッキーも美味しいよねー」
「私はポップコーンが好きかな」
「お煎餅も美味しいね」
『私はやっぱりチョコレートー』
「ボウリングの玉がピンに当たらないっす……」
ボウリングの話ではなく、健太からもらったジュースやお菓子の感想が多い事にエルミは苦笑していたが、聞いた事のない食べ物が入っている事に羨ましそうな顔をする。
「ケンタ様? 私の分は……」
「心配しなくても大丈夫だぞ。ほら、ここに用意してやるから。好きなだけ食べてくれ」
健太がアイテムボックスから次々とお菓子を取り出す。大量に取り出す様子を見て、エルミは慌てて止めると焦ったように質問を始める。
「そんなに大量に出さなくても大丈夫です! それに一気に出して大丈夫なのですか? 以前のお話では一度取り出すと、元に戻せないと聞きましたが」
「ああ。それならレベルアップをしたからなのか、少しだけなら出し入れが出来るようになったんだよ。コツがいるんだけどな。ほら、こんな感じで」
健太は取り出したお菓子を、近くにあった箱に入れるとアイテムボックスに収納する。そして取り出しと収納を何度か見せて問題ない事をアピールした。
「どうだ? 大丈夫だろ?」
「そのようですね。安心しました。それと、ケンタ様は私の事を食いしん坊を思われていますが、これほど食べませんよ!」
段ボールに山積みされているお菓子を眺めながら、エルミは苦笑交じりの抗議をするのだった。
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「ところで、ボウリングの話ですが」
「ああ、ルールを説明した方がいいよな。このボールを転がすんだ。そして、あの先にあるピンと呼んでいるペットボトル10本を倒す。転がす回数を決めて、一番多い者が勝利だ」
健太の説明を聞いて頷いていたエルミだったが、ピンと呼ばれる傷だらけのペットボトルを見て硬直する。
「け、け、ケンタ様? あのペットボトルと呼ばれている物に、オウレンジーやリイインゴウのジュースが入っているように見えるのですが?」
「ああ、入っているぞ? オレンジジュースとリンゴジュースだろ?」
「いやぁあぁぁぁぁああ! 高級品に何をしているのですか! ちょっと待ちなさい! 駄目です!」
子供達が遊んでいるのを止めたエルミが、勢いよくピンの前に行くと全てを回収する。突然のエルミの乱入に一瞬驚いた子供達だったが、その行動に激怒すると周りを囲み始めた。
「エルミ様! 酷い!」
「なんで邪魔するの? 僕の勝ちなのに」
「違うよ! まだ俺にもチャンスがあるんだぞ!」
怒りの様相で詰め寄ってくる子や、泣きそうになっているのを見ながらエルミは困惑した表情になる。そして、逃げ出そうとしているゲンナディーに気付くと、鋭く呼び止めた。
「ゲンナディー! 待ちなさい! あなたはケンタ様が取り出したペットボトルにオウレンジーとリイインゴウが入っている事に気付いていたでしょ! なぜ止めなかったの!」
「い、いやあ。ケンタ様が『ペットボトルなら100本近くあるから大丈夫だぞ』とか、『これは簡単に潰れないから、中身が零れないし大丈夫だ』と仰ったっすから……」
愛想笑いしながら、完全に逃げ腰な上に冷や汗を掻いているゲンナディーを見ていたエルミだったが、ため息を吐くとペットボトルを元通りに並べて子供達に謝罪する。
「ごめんなさい。みんなの邪魔をしてしまって。お詫びに、一番の人にはゲンナディーから優勝賞品を。それと今回のボウリングに参加した人にも商品をもらえるようにしておくから許してね」
「え? ちょっ! エルミ様!?」
「「「『やったー!』」」」
エルミの言葉に子供達は大歓声を上げると、大慌てしているゲンナディーを放置してボウリングを再開した。