第83話
「本当にありがとうございました。本来なら領主の私が、先陣を切って考えなければいけないのですが……。全く、領主の仕事をしていな――」
「気にしないでください。ステンカ殿が出来ることはしていましたよ。聞けば、私財を投入して孤児院を援助しておられたそうではないですか。なかなか出来る事ではありませんよ」
エルミから孤児院を救済する話を聞かされたステンカが、健太に頭を下げていた。その態度に慌てた健太は、謝罪は不要であると伝えながら椅子に座らせると、アイテムボックスから缶コーヒーを取り出して封を開けて手渡す。
「なにもしていないのに、このような高級品を――」
「まずは落ち着きましょう。大量にありますから、気にせずに飲んでください」
健太も缶コーヒーを取り出して封を開け、一口飲んで椅子に座る。二人がいるのはステンカの執務室で、エルミも席を外しての会談となっていた。
「孤児院はなんとかしたいと、ずっと考えていたのです。塩問題がなければ……」
孤児院の問題はステンカも頭を悩ませていた。何とかしなければと思いながらも、塩問題などで手が付けられておらず、援助をする事で問題を先送りにするのが精一杯だった。
そんな中、健太の提案である。ありがたかったが、そのまま受け入れては領主の責務を疎かにしているように感じ、思わず健太に謝罪をしてしまうのだった
「もう、謝罪は受け取りました。まずは一息吐きましょう」
いつまでも謝罪を続けているステンカに、健太は再度缶コーヒーを飲むように伝える。逆に気を使わせていると感じたステンカは、自らの行動を振り返り反省すると、一口飲んで気分を変えることにした。心配げにこちらを見ている健太に、ステンカは頭を振って笑顔で話し掛ける。
「缶コーヒーは今まで飲ませてもらったコーヒーと違い、不思議な甘さがあり美味いですな。それに飲み終わった後も再利用が出来ます。水漏れの心配もありませんな。それに、飾れば美術品として価値があるのも素晴らしい」
「え? 価値がある? 空き缶に?」
健太が思わず聞き返す。手元の缶コーヒーを見ても、飲み終えればゴミになる姿しかイメージ出来なかった。だが、ステンカからすると、魔法で作ったような綺麗な円柱で中身が零れない空き缶は価値があり、また描かれている絵も宝に見えていた。
「ところで、この絵の御仁はどなたですかな? 缶コーヒーを開発された有名な方でしょうか?」
「改めて聞かれると、モデルを知らないな。後で調べておきますよ。ちなみに、この空き缶にはどれくらいの価値があると思いますか?」
「そうですな。ここまで綺麗な円柱に絵が描かれておりますからな。銀貨2枚。いや、最初は銀貨3枚は出しましょう。数が増え、美術品として価値がなくなったとしても容器として使えますからな。価値がなくなる事はないでしょう」
ステンカの鑑定に健太は驚いた顔になりながらも、次々と缶コーヒーを取り出して値段を確認していく。
「空き缶に価値が出るとは……。いや、朗報なのか?」
「なにかいい案が浮かばれましか?」
ステンカの問いかけに健太は缶コーヒーを開けてコップに注ぐ。
「質問です。このコーヒーをステンカ殿なら、お幾らで飲まれますか?」
「ん? コーヒーですな。銀貨1枚で飲みましょう」
健太はコップに入ったコーヒーと、残っている缶コーヒーの残量をみて考える。
「これで2杯は取れて銀貨2枚。そして空き缶も銀貨2枚と計算して……。ん? 銅貨100枚で銀貨1枚だったよな? 喫茶店でも開くか? 客は来るのだろうか? コーヒーは高級品だったよな?」
「どうされましたか? なにやら難しい顔をされていますが」
「ええ。このコーヒーを喫茶店で出したら客が来るのかなと」
「ああ。それでしたら心配されなくても来るでしょう。コーヒーを気楽に飲めるのなら、近隣領地の者が来ると思いますよ。それに缶コーヒーは日持ちがするのですよね?」
ステンカの問い掛けに、健太は缶コーヒーの底を見て確認する。
「ええ。1年は大丈夫そうですね」
「そ、それほどですが。なら、まったく問題ありません。喫茶店を開くなら、この館を使われますか?」
「え?」
唐突なステンカの提案に健太が唖然とした表情になる。そんな顔を見てステンカは軽やかに笑うと、さらなる提案を出してきた。
「店長は私がしましょう。ケンタ様が異世界に戻られている際も営業が出来ますからな。それに、ここなら領地の中で一番良い物件です。改修もそれほどせずとも、店を開く事が出来ますよ」
「執務はどうされるのです」
なんとか唖然とした状況から復帰した健太が質問をすると、ステンカから驚きの言葉が発せられた。
「私は領主を引退しようかと思っております。後をケンタ様に引き継いでもらえませんでしょうか?」
「は? いや。領主を私が? いやいや。さっきステンカ殿が『異世界に戻った』との話をされましたよね?」
「その間はエルミを代行にすればいいのですよ。そうだ。悩む必要はなかったのだ。こうすれば問題は解決する」
混乱した健太の言葉に、すっきりとした表情になったステンカは何度も頷いていた。