第8話
「どうかされましたか? あ、あの。ケンタ様?」
「いや。これは昨日のリンゴと一緒かい? 前と少しだけ、……そう少しだけ色が違うようだけど?」
「はい! リイインゴウが上手に狩り取れましたので、付け合わせもあった方がいいと思い、ハッチョミーツを探してむしり取ってきました」
スライスされたりんごの上に透き通った黄金色の液体が乗った皿が健太の目の前に置かれた。
「これは蜂蜜? だよな? むしり取った? えっ? むしる?」
「ハッチョミーツもご存じなのですね! これはハッチョミーツを限界まで追い込んで、襲ってきたところを返り討ちにします。その際に尻尾を切断することで入手できます。ケンタ様のニホンと同じですか?」
あまりにも違う蜂蜜らしき物体に、健太は目眩を起こしながらスマホを取りだして蜂蜜の取り方を見せる。
「えっ……。ま、まさかこんなやり方をするなんて。このミツバチさんの家を破壊するのですか? あまりにも非道で可哀相だと――」
「いやいや! ハッチョミーツの方が残酷な取り方だろ! 尻尾切ってるんだぞ!」
「でも美味しいですよ? それに尻尾は再生しますので」
「ミツバチさんの家も再生出来るから大丈夫だよ!」
首をすくめながら恐ろしそうに動画を眺めるエルミに、思わず健太がツッコんだ。
「まあまあ。エルミ。ハッチョミーツは、それぞれ捕り方があるって事だろう。おいしさに変わりはないようだから、それぞれのやり方を受け入れるのも文化交流になるのではないかい?」
「そうですね! ケンタ様。失礼いたしました。ケンタ様から見れば私たちの方が野蛮ですよね。古文書にも『この世界はオワリと違いすぎて、あまりの違いにぶったまげた』と勇者様が言っていたと書かれております」
ステンカのフォローにエルミが応えたタイミングを見て健太の目が光る。そして、さりげに会話の誘導を始める。
「おい。本当に『ぶったまげた』と書かれているのか?」
「ちゃんと書いてありますよ! 古文書の解読には時間が掛かりましたが、全部読めるようになったのですよ!」
「ほー。私にも読めるのかな?」
自信満々に胸を張って自慢をしていたエルミだったが、健太の発言に顔を曇らせた。
「それはちょっと……。読めるかどうかは分かりません。私も三年掛かりました」
「じゃあ、取りあえず見せてもらっていいかな?」
「読めなくても落ち込まないで下さいね。かなり難解な書き方ですので」
別室に置いてあったのを取りに行ったエルミから古文書を受け取った健太は、はやる気持ちを押さえてページをめくる。
「なんじゃこら? 日本語か? 達筆すぎて読めない」
古文書に書かれていたのは縦書きの文章だった。多分、日本語と判断した健太がなんとか解読しようとしたが、あまりにも達筆すぎて読む事すら出来なかった。
「良かったです。あっさり読まれたら私の立場がありませんので」
「もうちょっと見せてもらっても?」
「いいですよ。では、私は後片づけと食後の紅茶を用意しますね」
スマホ片手に古文書を睨みつけている健太を見ながら、エルミが後片づけを始める。ステンカは昨日に引き続き領内の視察に出るそうで、夕方に戻る事を伝えてきた。
「明日のお見送りには私も参加しますので」
「ああ。気になさらずに。せっかくの異世界ですから、楽しんでから帰りますよ」
「そうですね。エルミと領内を見て回って下さい。その時に気になる箇所があれば、異世界の知識で解決方法までを教えてもらえると助かります」
「私の知識が役立つようであれば」
さりげにお願い事をしてくるステンカに苦笑を返しながら曖昧に頷く。そんな健太の返答に笑顔を返しながらステンカは領内視察に出かけた。
「よし。さっそく始めるか」
健太はスマホのカメラアプリを起動すると、古文書を順番に撮影しだす。思った以上にページ数がある上に古い本のため、破かないように細心の注意を払いながらページをめくった。
「よし。これで全部かな?」
「もうよろしかったですか?」
「うぉ!」
古文書を撮り終えた健太が一息吐くと背後から声がかかる。思わず声を上げながら驚いて振り向くと、そこには紅茶を用意してエルミが控えていた。
「全く気付いてなかった。待たせてしまったかい?」
「いえ。ケンタ様の真剣な様子が見れましたので気になりません」
好意全開の笑顔を向けてくるエルミに思わず健太の顔が赤くなる。
「そ、そうだ。エルミの写真を撮ってもいいかな? 帰ったら、なおの奴に自慢がしたい」
「シャシンですか? それが何かは分かりませんが、ケンタ様が希望されるのでしたら構いません」
「あ、ああ。そうか。じゃあ、ちょっとだけ動かないで。……。いや、目を閉じなくてもいい。そして口も突き出さなくても大丈夫だから。普通に笑顔で居てくれるかな?」
乙女のポーズを取りつつキスを待つような姿に健太は苦笑しながらも写真を撮る。笑っている健太を見て、自分の姿が勘違いだと気付いたエルミは頬を染めながら恥ずかしそうにするのだった。