第58話
「エルミちゃん。ご機嫌ね」
牧場から戻ってきた健太とエルミを見かけたマリアンナが、安堵のため息を吐きながら近付いてきた。
「はい! ケンタ様にウインナーコーヒーを淹れてもらいました!」
「えっ? ウインナーコーヒー? 初めて聞きましたよ? ケンタ様?」
満面の笑みを浮かべるエルミにマリアンナは羨ましそうな顔をする。そして期待を込めて健太に視線を送るが、返ってきたのは意地悪そうに笑う顔だった。
「やらんぞ」
「そ、そこをなんとか! ダークなエルミちゃんを全てお任せしたのは謝罪しますので!」
必死に謝ってくるマリアンナの表情が面白く、しばらく眺めていた健太だったが、気が済んだのかアイテムボックスから道具一式を取り出すと準備を始める。
「特別だからな。次、俺に押しつけたらコーヒーは奢らん。ウインナーコーヒー以外にも色々なコーヒーがあるんだぞ。分かっているよな?」
「はい! 大丈夫です。次はケンタ様に押しつけませんので!」
コーヒーがあればエルミの機嫌が良くなると勘違いしているマリアンナは心底嬉しそうな顔をすると、コーヒーを真剣な表情で淹れている健太を軽く頬を染めながら眺めていた。
「お姉さま? 気持ちは分かりますが、ケンタ様を眺め過ぎです」
ボーとした感じで健太を眺めているマリアンナに、エルミが気配を消して背後に近付くと耳元で囁く。
「ひやっ! やっ! 違っ! 違くって! そう! ケンタ様のコーヒーを淹れる姿が格好良く……。じゃなくて、とても参考になるから! えっと。その……。恰好いいよね?」
「それは分かりますが、独占されるとお姉さまでも嫉妬します」
耳元まで赤くなっているマリアンナに、エルミは頷きながら答える。しばらく二人で健太を眺めつつ話をしていたが、目の前にウインナーコーヒーを置かれてビックリしたような表情になった。
「すまん。驚かせたか?」
「い、いえ。そんな事ありませんよ。ねえ。お姉さま?」
「え、ええ。そうね。これがエルミちゃんが飲んだウインナーコーヒー? 白くて綺麗ですね」
目の前に置かれたウインナーコーヒーを眺めながら、マリアンナがうっとりした表情で呟く。そして、一口含むとその甘さと不思議な口当たりに感動していた。
「美味しい。この温かさもいいですね。ホッとします」
「だろ? クラッシュアーモンドやシナモンもあると感じが変わるんだが、今回は用意していなかったな。まあ、この辺りの好みは個人的な趣味になるけどな」
聞いたこともないトッピングに二人の目が輝いたが、現物がないとの言葉にガッカリとした表情になる。それを見た健太は軽く笑うと、次回の召喚時には用意する事を約束した。
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「ケンタ様。インナーゴウの殲滅で鉱山を救って頂いただけでなく、カップラーメンやコーヒー、砂糖の取り引きに農業革命といってもいいカッピパーララーの活用方法。本当になんとお礼を言えばいいのか――」
「感謝はそこまで。双方にメリットがあったから良しとしましょう。マリアンナ殿の援助があればエルミの領地も救われます」
神妙な表情で感謝の言葉を伝えようとしてきたマリアンナを健太は片手を上げて止める。一同は出発準備を始めており、マリアンナ達は見送りに来ていた。
「お姉様。父に代わり感謝申し上げます。これで我が領地は救われます」
「気にしないで。すぐにでも援助する予定だったのよ。それを助けてもらったばかりか、対等の取り引きまでしてもらえるなんて。ケンタ様の召喚を成功させたエルミちゃんにも感謝しているわ」
エルミとマリアンナが抱き合って感謝を伝えあっていた。そんな様子を微笑ましそうに眺めていると、ボリスが健太に近付いてきた。
「ケンタさん。本当に感謝している。料理人として生涯のテーマをもらったからには極めてみせる! 次にこっちに来るのを楽しみにしているぞ!」
「ああ。俺も楽しみにしている。俺自身が来なくても冷凍食品やコーヒーの材料は送ってやる。それと文字が読めるかは分からんが本も用意しておこう」
健太の台詞にボリスが驚きの声を上げる。
「えっ! いいのか? 本なんて貴重な品物を!」
「ああ。気にするな。俺の世界では本なんて貴重品じゃないんだよ。特に料理の本は溢れるほどある」
軽い感じで説明する健太にボリスは絶句する。この世界では本は貴族や富豪と呼ばれる者しか持つ事が出来ない物であり、自分のような一般庶民では目にする事すらなかった。後日、写真入り料理本が大量に送られ、ボリスは絶句を通り越して気絶するのだった。
「では! 出発するっす!」
『みんなー! またねー』
「「「うぉぉぉぉ! ミナヅキちゃーん!」」」
「また来てくれるのを待ってるぞー」
「これ! インナーゴウの魔石を集めたから道中で食べてくれ!」
「今度も話を聞かせてくれよ!」
「ミナヅキちゃんに服を作ったから着て頂戴!」
ゲンナディーの声に反応するように、ミナヅキに人が群がって次々に送別の品を手渡していく。それを嬉しそうに受け取ってはゲンナディーに手渡しつつ、ミナヅキは一人一人と握手をしていた。
「どこのアイドルだよ。すごい人気だな」
「ええ。ミナヅキちゃんは大人気ですよ。この数日で領民の心をガッツリと掴んだのでは?」
健太の呟きにマリアンナが答える。そして小さな声で囁いた。
「私はミナヅキちゃんよりも、ケンタ様に夢中ですけどね」
「ん? なんだって? ちょっと聞こえなかった。もう一回言ってくれないか?」
「いいんです! ケンタ様! 出発しますよ! ゲンナディー。馬車を出しなさい! ではお姉様。またお会いしましょう。これからも末永いお付き合いをお願いします。ミナヅキちゃん。後で追いついてきてね」
『分かったー』
顔を赤くしているマリアンナを見て、エルミは馬車を出すように指示するのだった。




