第57話
「いいんです。どうせ私は役に立たないんですよ。ほっといて下さい」
「なに言ってるの! エルミちゃんなら魔物を調教できるのが分かったじゃない」
耕運機の代わりにカピバラに似た動物に引っ張ってもらう事を決めたマリアンナだったが、今はエルミを慰めるのが最優先課題だった。
「でも結局、魔物化したカッピパーララーは私の言うことしか聞かないじゃないですか! それに少しでも離れたら凶暴化して周りの人達に襲いかかるし!」
「大丈夫よ! エルミちゃんの強さはケンタ様にも伝わっているから! ねえ! ケンタ様!」
牧場の隅っこでいじけているエルミに必死に話しかけるマリアンナ。そして健太に救いを求めるように視線を向けると感心した様子で、草を食べているカッピパーララーを眺めていた。
「へー。この動物ってカッピパーララーって言うんだ。ん? 大丈夫だぞ! エルミ格好良かったぞ」
「へ? そ、そうですか? 頑張りましたからね。ふふーん。どうですか! お姉様! 私頑張りましたよね!」
健太の言葉にエルミは一瞬で立ち直るとマリアンナに向かってドヤ顔をしながら胸を張った。さすがに若干顔が引き攣りつつも笑顔になったエルミに、ホッとした様子になったマリアンナは魔物化をしたカッピパーララーを眺める。
「まさか一刀両断するとは。そんなに弱い魔物ではありませんよ。カッピパーララーは。本当にエルミちゃんの強さは学院でも一番だけだった事はありますね」
「そう言えば学院では一緒だったそうで」
解体作業されているカッピパーララーを見て呟いているマリアンナに健太が近付いて話し掛ける。
「ええ。そうですね。エルミちゃんは強くて賢くて優しかったですよ。それはファンクラブが出来て、1年の時から告白もされていましたよ」
「おお。それは凄いな。それなのに独身なんだな」
何気ない健太の言葉に周囲を沈黙が包む。健太が周りを見ると「なに言ってるの? どうするんだよこの空気」との視線が自分に集中している事に気付く。
「ふふふ。そうなんですよね。私は学院時代にはモテたんですよ。それはもう。同級生の女の子から毎日のように追い回されていましたよ。ふっふっふ。本当にケンタ様に見せて上げたかったですね」
先ほどまで機嫌良くしていてエルミの表情が突然色落ちしたように無表情になる。そして感情の抑揚がなくなった口調で呟き始めた。
「違うのよ! エルミちゃん! そっちの話しじゃなくて! 男の子からも告白されていたじゃない!」
「ああ。あの『私、女性に興味はなかったけど、貴方になら付いていける!』と言われた奴ですかね?」
「え? あの子ってそんな子だったの?」
必死な表情でフォローしようとしたマリアンナだったが、エルミから思いも寄らない返事がくる。思わず素の表情で答えるマリアンナにエルミはさらに無表情で笑いを深めるのだった。
「ケンタ様! 後は任せました!」
「え? お、おい」
手に負えないと判断したマリアンナは健太に全てを丸投げすると、そそくさと牧場から離れていく。解体作業で残された男性から救いの視線を向けられて健太は頭をガシガシと搔きながら苦笑する。
「ったく! ……。ん? 俺が原因か? 仕方ないな。『現れよ!』エルミ。ちょっと休憩しようか」
「大体、なんなんですか! 私は女性ですよ! それを『戦う姿が格好良い』とか意味が……。へ? どうされました? ケンタ様?」
エルミが我に返ると、健太がアイテムボックスから珈琲ドリッパーやミル、コーヒードリップポットと取り出しているのが見えた。
「頑張っているエルミにコーヒーを入れようと思ってな。ちょっと待っていてくれよ」
健太はペーパー折ってドリッパーにセットするとコーヒー粉を入れていく。そして平らにすると中央部分に印を付けると、沸かしたお湯をユックリと注いで全体を湿らせる。
「コーヒーを淹れるのは贅沢だと思っている」
「贅沢ですよね。これほど高級な飲み物はありません」
エルミの言葉に健太は苦笑を浮かべながら否定する。
「いや。俺の国ではコーヒーはそれほど高級品じゃない。確かに、こだわりだすと金なんて幾らあっても足りないけどな。俺は無理のない程度の楽しみで抑えるように……。い、いや。ちょっとだけ臨時収入があったから色々と手を出したけどな。おっ。そろそろ蒸らしも終わったかな」
健太は会話を止めると円を描くようにお湯を注ぎ始める。土手を崩さないように集中している健太の表情を眺めながらエルミは頬を染めていた。コーヒーの準備が出来ると、今度は手際よくボールに生クリームを入れるとグラニュー糖を少し足して泡立て始める。
「よし! こんな感じかな。今日はいつもと少しだけ違うぞ。この生クリームをコーヒーに入れて。ウインナーコーヒーの完成だ」
「わぁぁぁ。綺麗ですね。この白さはまるで雪のようです! そして甘いです。今までの凝り固まった気持ちが解けていくようです」
エルミはウインナーコーヒーを眺めて小さく微笑むと、一口飲んでその優しい甘さに今までの疲れが飛んでいくようだった。




