第56話
「そうなんですね。ケンタ様の国では魔道具で農業をされていると。羨ましい限りです」
畑を耕している人々を見ながら健太が日本での状況を伝えていた。耕運機で簡単に耕させるとの話にエルミが頷いているのを見ながら健太が解説する。
「そうはいっても機械自体は高額だけどな。安いので金貨が……。ん? そういえば耕運機の値段自体を知らないな。後で調べてみるか。いや、そもそも動かすための燃料がいるから、こっちでは使えないな」
「残念です。その耕運機との魔道具が使えるなら随分と作業効率が上がるのですが……」
横で話を聞いていたマリアンナも残念そうな顔をする。そんな二人の様子を眺めながら健太は軽い感じで質問する。
「そういえば、牛や馬を使って耕さないのか?」
「馬は馬車をひいたり、騎士を乗せるのが仕事ですね。畑を耕す為だけに使うには高級すぎます。それと牛ですか?」
「ああ。こんな動物だ」
健太がスマホの百科事典アプリを起動して写真を見せる。
「これは。大きいですね。これほど大きいと魔物になりませんか?」
「大きいと魔物になるのか!?」
エルミの素朴な疑問に健太が驚きの声を上げる。エルミの話しでは、ある一定の大きさになると魔物化をするらしく、食肉用の動物は魔物化する前に殺してしまうとの事だった。
「じゃあ、魔物化するとどうなるんだ?」
「当然ながら、凶暴になって襲い掛かってきます。昔は死人も出ていたようですが、今は魔物化するタイミングも飼料で調整できるので大丈夫です」
エルミの説明に疑問に思いながら続けて質問する。
「じゃあ、その飼料で調整して魔物化させなければいいんじゃないのか?」
「そうもいかないんです。昔、試された事はあるのですが、特定の飼料を与えないと衰弱して死んでしまうのです。なので魔物化する前に、処分する方法が取られています」
日本と異世界との違いをなんとか理解しようと色々と健太は質問するが、返ってくる回答に混乱が増すばかりだった。
「そ、そうか。また疑問が出てきたら教えてくれ」
「はい!
健太の言葉にエルミは元気に答えたが、その横で話を聞いていたマリアンナが思案気な顔をして質問してくる。
「ケンタ様。先ほどのお話しですが……」
「ん? 牛を使って耕す話か?」
健太の返事にマリアンナは頷くと質問を続ける。
「はい。牛とやらでなくても、その道具を使うことはできますか?」
「できるな。ただ、道具自体が大きい上に、土を耕すのだから力が強くて持久力がある動物じゃないと無理だと思うぞ。少なくとも人間では引っ張れない」
健太の回答にマリアンナはエルミと相談を始める。お互いの耳元でやり取りを始めている二人の真剣な表情に、健太は近くになる食事処に移動する事を提案した。
「すいません。話に熱中してしまいました」
「それは構わないが、なにを二人でコソコソと話していたんだ? 俺には聞かれたくない話なら席を外すぞ?」
「いえ! ちょっと魔物を使って道具が使えないのかな? と思いまして」
突然二人で話し込んだ件を謝罪するエルミに、健太が気を使おうとすると、マリアンナが慌てたように説明を始めた。
「大丈夫です! 魔物化した直後にエルミちゃんが調教すればいけるのかな? と、思いまして。無理だったとしてもエルミちゃんなら魔物を処分できますし」
「だったら、コソコソ話をしなくてもいいんじゃないのか?」
不思議そうな顔をしている健太にエルミが恥ずかしそうにしつつ答える。
「いえ。魔物を調教するなんてケンタ様がどう感じられるかなと思いまして。そんな強い女の子は怖いじゃないですか」
「えっ? エルミは十分に……。いや。なんでもないよ」
普段の強さを見せつけられている健太からすれば、魔物を調教するのも同じような感じがするのだが、二人にとっては大きな線引きがあるらしかった。頬に手を当てて恥ずかしそうにしているエルミに健太はそれ以上は何も言えず、微妙な顔で笑顔を向けていた。
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「では、さっそく試してみましょう」
一同がやってきたのはマリアンナが経営している牧場だった。そこにはカピバラのような動物が草を食べており、大小合わせて50頭ほどがいた。
「ちなみに繁殖はどうしてるんだ?」
「それは魔物化するには3年ほど掛かりますので、それまでに繁殖させています。動物の間はメスからは乳を搾り、オスは繁殖まで待機ですね」
何気ないマリアンナのセリフに健太の動きが止まる。そんな様子を見てマリアンナが首を傾げる。
「どうかされましたか?」
「いや。待機させているオスに引っ張ってもらったらいいんじゃないか? 繁殖以外はしないんだろ?」
「あっ」
健太の台詞に静寂が訪れた。一同の視線が素振りをしながら、やる気に満ち溢れているエルミに集まる。
「ん! 皆さんの視線を感じますね! ケンタ様の期待に応えるためにも頑張りますよー」
視線がそういったものではないと気付いていないエルミは、さらにやる気を見せる為に闘気を剣に纏わせるのだった。




