第52話
健太から手渡されたエスプレッソを受け取ったボリスは、恐る恐るな感じで口を付ける。
「苦っ! こ、これがコーヒーなのか? お、俺には無理だ……」
「あっ! まだ早い! まだ諦めんなよ! 砂糖を入れてないぞ! それと、これはエスプレッソだ。普通のコーヒーよりも濃い味にっているから、そのままでは苦くて飲めなくても不思議ではないぞ。飲みにくかったら、甘めの缶コーヒーにするか? 缶コーヒーも色々と揃えているぞ」
あまりの苦さに顔をしかめたボリスに、健太が甘めの缶コーヒーなど数種類を取り出して手渡そうとするが首を振って拒否してきた。
「い、いや。砂糖を入れたら飲みやすくなったから大丈夫だ。それにしても、このエスプレッソは量は少ないのに砂糖は大量に入れるんだな。一般庶民には飲めない高級品だな」
「そうだったな。こっちの世界では砂糖は高級品だったな。すると、このエスプレッソ機器はこっちの世界にはあわないな」
残念そうにしている健太とボリスに、食堂から移動してきたマリアンナが話しかけてきた。
「どうしたのです? そんな顔をして? ケンタ様から料理の話を聞いていたのでは?」
「いえ。お嬢様。実は――」
ボリスの説明を聞いたマリアンナは顎に手を当てて考え込む。しばらく目をつぶっていたが、なにかを計算したようで軽く頷くとマリアンナは健太に話しかけた。
「ケンタ様。その四角い砂糖1個のお値段は?」
「ん? この角砂糖1個の値段? 難しいことを聞いてきたな。こっちの世界で砂糖の値段が分からん。ちなみにマリアンナ殿ならいくら払う?」
マリアンナの質問に健太は考え込んだが、塩ですら貴重な世界での砂糖の値段など分かるはずもなく、逆に質問をしてみる。
「ケンタ様は交渉上手ですね。そんな事を言われたら素直に答えるしかないじゃないですか。では、1個銅貨10枚でいかがでしょう?」
「ちなみに銅貨100枚で銀貨1枚ですよ。ケンタ様」
「じゃあ、この袋に100個以上入っているから、銅貨1000枚――。銀貨10枚? 多っ! ちょっとどころじゃなくて多いだろ!」
インナーゴウの卵10個と同じ値段が高いのか安いのかは分からないが、銀貨10枚は多いと感じた健太は思わず叫ぶ。そんな健太の様子を見てエルミは苦笑していた。
「黙っていたら分からなかったものを……。ケンタ様は謙虚なんですね」
「いやいや! 謙虚じゃなくて高いんだよ! だが、こっちの世界ならそれくらいの価値があるって事だよな?」
健太の問いかけにエルミが頷く。
「そうですね。これほど白い砂糖となると、かなり高レベルになりますので、狩るのも生半可なパーティーでは難しいと思います。ですよね? お姉様」
「そうですね。それに、これほど綺麗な四角形な砂糖となるとなおさらです」
エルミとマリアンナの説明に意味がよく分からない点があるのはスルーして、健太は頷きながら交渉を始める。
「マリアンナ殿。ではこの砂糖を10袋。それと先ほどのカップラーメンを1000個。それに今なら冷凍食品の餃子や炒飯。サイフォン式のコーヒー器具も付けよう。それでエルミの領地に塩の援助を頼めないだろうか」
「け、け、ケンタ様! カップラーメンを1000個! それに砂糖10袋に極上料理まで付けるのですか! それだけではなくコーヒーの器具まで付けて下さるですって? 乗った! その契約乗ります! 我が領地にメリットしかありません! それに塩の援助を定期的にすればエルミちゃんも喜んでくれるものね! 喜んで契約します!」
マリアンナからすると元々エルミの窮地は気になっており、インナーゴウの大量発生がなければ援助するつもりであった。その問題は健太達があっさりと解決した上に、領地の名声が上がりそうな物まで譲ってもらえる話でもあり、断る必要は微塵も感じなかった。
慌てたのはエルミである。かなりの利益が見込める話を自領のために健太は全てを手放そうとしているようにしか見えなかった。
「ケンタ様! 我が領地の為にそこまでしてもらっては困ります。ただでさえ――」
「『無理矢理召喚したのに』とか言うなよ。ちょっとはおっさんに格好付けさせろ」
健太にすれば金貨85枚の時点で大満足の黒字になっており、マリアンナに提示した商品を倍の数にして渡しても問題ないレベルだった。
「格好付けすぎですよ。ケンタ様。……。でも、ありがとうございます」
「えっ? 俺って、ここに居ていいんっすか? 席外しましょうか?」
真っ赤になっているエルミを見ながらゲンナディーが声を掛ける。ゲンナディーだけでなく、ボリスやマリアンナも二人が醸し出す空気に、口から砂糖を吐きそうな顔になっていた。
「じゃ、じゃあ、エルミちゃん。支給いただける物に見合った塩を提供しないとね。ちなみにケンタ様から支給されている塩ってどれくらいの量なの?」
「ああ。それだったら今すぐに見せられるぞ。『現れよ!』こんな感じの塩をエルミには50袋ほど渡したな」
「な、な、な! なにこの袋! 紙? 紙で出来ているの? ……。え? なに! この白さ! キメの細やかさ! えっ? これと同じ質なんて用意できない。じゃ、じゃあ量を多くするしかないわね……」
健太が気軽な感じで取り出した塩を見てマリアンナが思わず悲鳴を上げるのだった。




