第34話
「えっ? どういう事ですか? お姉さま?」
マリアンナの台詞にエルミが驚きの表情を浮かべる。父親のステンカの話では、塩の取引をする話がまとまっていると聞いていたからである。
「ごめんなさい。エルミ。あなたの領地に塩を融通する約束はステンカ様としているけど、私の領地でも問題が発生していて……」
「そ、そんな――」
「でも! 全く援助出来ない訳じゃないのよ。そこは安心して頂戴」
エルミの顔を見て心底申し訳なさそうにしながらも、自らの領地を守る者としての顔をする。そんな表情を浮かべているマリアンナになにも言えずにツラそうな顔をしているエルミ。
「ちなみにマリアンナ様の領地で起こっている問題を聞かせていただいても?」
沈黙が支配する室内で健太の声が響いた。
「え?」
「空気が重いから、ちょっと休憩をいれましょうか? マリアンナ様」
「な、なにかしら?」
思わず気圧されるマリアンナ。そして健太が唐突に鞄からコーヒー道具を取り出す。次々と準備を整えていく様子を呆然と眺めていた一同だったが、エルミは苦笑しながら、ゲンナディーは嬉しそうに、そしてミナヅキが歓声を上げる。
『わあー。ケンタ様のコーヒーだー。一緒にお菓子も出してくれるの?』
「そうだな。もう手持ちのお菓子はほとんどないんだよな。他になにか買っていたかな?」
健太はインタフェース画面に表示されているアイテムボックスの中身を確認する。
「ラムネはあるけどコーヒーにはあわなさそうだし、チョコレートは後少しだけ残ってるが足りないよな。うーん。おっ! そうだ。キャラメル味の硬めのビスケットがある。こいつを出そう」
アイテムボックスから取り出したビスケットを用意された皿の上に並べ始める。個包装されたビスケットに興味津々の一同だったが、我慢しきれなくなったミナヅキが飛びつく。
『ケンタ様ー! これ食べていい? もの凄く甘い匂いがするのー』
「コーヒーを今から淹れるから、一枚だけだぞ?」
『わーい! ケンタ様。大好きー』
苦笑を浮かべた健太にミナヅキは抱きつく。そして、ビスケットを手に取ると包装をはがして食べ始めた。
『美味しー! なにこれー。ケンタ様最高ー』
ミナヅキの感想を笑顔で受け取ると、健太はコーヒーの準備を始める。
「一杯目は粉コーヒーにしよう。すぐに用意するから座って待っててくれ」
粉コーヒーをカップに入れてお湯を注ぐ健太。すぐに部屋にコーヒーの香りが漂い始める。
「コーヒーを飲むのは初めてかい?」
「は、はい。初めてです」
思わず敬語で返事をするマリアンナに、健太はコーヒーの価値を改めて感じる。
「では、どうぞ。俺の国では安価に飲める粉コーヒーですけどね。次はペーパードリップで抽出しますから期待してください」
手渡されたカップに顔を近づけて香りを楽しむマリアンナ。
「いい香りですね」
「でしょ! お姉さま。ケンタ様が淹れてくださったコーヒーを飲みながら、お姉さまのお困りの事を話してください」
エルミの優しい語りかけに、マリアンナは涙を流しそうになりながら頷くのだった。
◇□◇□◇□
「実は……」
健太が淹れたドリップコーヒーを飲みながら、マリアンナはゆっくりと話し始める。
「エルミのところでは塩の流通が滞るようになったでしょ? 私のところは塩は生産できるから大丈夫なのだけど、それ以外の鉱石採取が上手くいってないの」
「えっ? お姉さまの鉱山は優秀だと聞いてますよ?」
「最近まではね。でも、メインで採掘していた鉱山を魔物が占拠しちゃってね。討伐隊を組みたいけど、人員が不足している上に魔物の数が多すぎて、けが人が多くなってじり貧なのよ。あっ。だからエルミが持ってきてくれたソンラマーメの種を譲ってくれたのは凄く助かっているのよ」
マリアンナの説明に一同を沈黙が包む。
「ちなみに魔物の数や強さは?」
「魔物はインナーゴウでそれほどでもないのよ。ただ数がね……」
コーヒーを飲みながら話すマリアンナの次の言葉を待っていると、エルミの顔を見ながら続きを話し始める。
「ねえ。エルミ。魔物の数は10体や50体なんてレベルじゃないの。それこそ、毎日数が増えていっている感じなの。だからお願い。いえ、この領地を治める領主として依頼します。エルミ様! どうか私に力を貸してもらえませんか?」
「――。分かりました。その魔物のせいで討伐維持費がかさんで、我が領に援助が頂けないのですね。そいった事でしたら喜んで協力させていただきます」
必死の表情で頭を下げるマリアンナ。そして頷きながら闘志を漲らせるエルミ達の話を聞きながら、健太は何かを思案しつつ問いかける。
「なあ。エルミ。その虫型の魔物の大きさはどのくらいなんだ?」
「え? そうですね。大きさは私の手のひらから手首くらいですかね?」
「次に俺が帰れて、こっちに戻ってこれるのは? そもそもエルミの屋敷じゃないと出来ないのか」
健太の脈絡のない質問にエルミが困惑しながら答える。
「えっと。次の三つ月は今日ですね。次は5日後になります。それと、お姉さまの屋敷で広い場所さえ貸してもらえれば問題ないです」
「いいだろう。だったら、いったん俺を帰してくれ。色々と用意をしてくる」