第30話
「エルミ様。かなりの数が集まりましたよ。大量です!」
「上出来です。これで回復薬がたくさん作れますね。農夫達も喜んでくれるでしょう。彼らは食料を狩り続けて怪我が多いですからね」
空豆の魔物を解体しながらゲンナディーとエルミが楽しそうに会話をしていた。全長2メートルほどの身体を解体しているが、さほど苦労はしていないようだった。
「俺も、血が出ないのは助かるな。血だらけの解体現場を見たくないからな。おお! ありがとう。おちびちゃん」
小さく呟きながら健太は鞄からペットボトルを取り出して飲む。飲みきった瞬間に再び溢れるほどの水が入っており、驚きながら視線を向けると水の精霊が満面に笑みを健太に向けていた。
『えっへん。私凄い! 褒めてー。ゲンナディーもー。早く褒めるー』
小さいながらも一所懸命ふんぞり返る姿に、健太と少し離れた場所からゲンナディーも微笑ましそうにしていた。そして、健太は鞄から小包装の飴を取り出すと数個手渡した。
「よし! おちびちゃんにはご褒美だ!」
『ありがとー。あとケンタ様ー。私にも名前を付けてー』
「ちょっ!ケンタ様! 駄目っす!」
水の精霊の言葉にゲンナディーが慌てたように遮ろうとするが、なにも気付いていない健太は軽い感じで応える。
「おう。大精霊には瑞輝と名付けたからなー。水繋がりでいこうか。そうだ! 水無月にしよう。おちびちゃんの愛称は水無月だ」
『水無月? わーい! 私の名前はミナヅキー』
水の精霊が可愛らしく叫ぶ。すると、その身体を小さな光が包み始め、周りを照らしだした。
「あれ? なんか少し大きくなったか?」
「ケンタ様! ご無事ですか! お身体はなんともありませんか?」
「大丈夫っすか! ケンタ様!」
「ん? なんだ? 俺か? なんともないぞ? どうして二人はそんなに焦った顔になってるんだ?」
水の精霊に水無月と名付けた瞬間に血相を変えて駆け寄ってきたエルミと、青い顔をしているゲンナディーに首を傾げながら確認する健太。
「いいですか! ケンタ様。精霊への名付けは契約の時だけです。そして、その行為はかなり危険を伴います。それこそ、命を懸ける場合もあります。ケンタ様がミズキさんに名付けた時は、コネクトが出来るほど大精霊様との相性が良かったかからだと思っていました。本当にお身体は何ともないのですよね?」
「ああ。全く問題ない。それにしても、名付けがそんなに危険な行為だったとは。すまなかった」
そこまで怒られる内容だとは思っていなかった健太は、驚きながら謝罪する。反省している様子の健太に、エルミは安堵の表情を浮かべるとため息を吐いた。
「いえ。私も言い過ぎました。ケンタ様の世界では精霊は居ないと聞いてましたから、先に詳細を話すべきでしたね」
『ごめんなさい。ケンタ様』
エルミに怒られている様子を見て、ミナヅキが謝りながら近付いてきた。健太は苦笑しながら、ミナヅキの頭を撫でると気にしないように伝える。
「俺が悪いんだから気にするな。これからは十分に気をつけるよ。まあ、こっちの事は全く分かっていないから、色々と教えてくれよな。エルミ」
「はい! お任せください! それにしてもケンタ様は凄いです! 精霊に名付けした者は少数ですし、大精霊様に名付けたのは先代の勇者様だけですからね」
興奮した様子でエルミは、精霊への名付けがどれだけ凄いかを力説するのだった。
◇□◇□◇□
「無事に町に着いたな」
空豆の魔物以外は特に遭遇することなく、一同は無事に町にたどり着いた。到着した時には夕方になっており、領主の元を訪れるのは宿屋で一泊してからとなった。
「親父さん。1泊いいかしら。人数は3名で」
『私も仲間に入れてー』
「おお! 精霊様か! 久しぶりに見たなぁ。儂が子供の頃に見た以来だから……。ひゃひゃひゃ。もう何年前か覚えておらんのう」
ゲンナディーの陰から飛び出してきたミナヅキを見て、宿屋の主人である老人が驚きの声を上げる。そして、手元に置いていた干しぶどうらしき物が入った皿をミナヅキに手渡す。
「精霊様。どうかお納めくだせえ」
『うむ! ありがたく受け取ってやろうー』
敬われる事になれていないのか、ミナヅキは嬉しそうにしながら干しぶどうらしき物を持てるだけ手に取ると、次々と嬉しそうに食べ始めた。
『美味しー。ケンタ様も食べてみてー』
「おお。これは美味いな。ご主人。これは干しぶどうですか?」
「精霊様から『様』と呼ばれるなんて、お前さんは精霊使い様ですかえ?」
ミナヅキに干しぶどうを口に突っ込まれている健太を見て、宿屋の老人が驚きの表情になる。
「この方は凄い方で、明日は領主様と会う予定です。今日はもう遅いので宿に泊まりたいのですが、食事と宿泊でおいくらになりますか?」
「ああ。そうじゃった。いやいや。精霊使い様が儂の宿に泊まってくれるなんて光栄なこって。お供さんの料金だけもらいますかの」
完全に健太が精霊使いだと思いこんでいる主人は、エルミとゲンナディーの宿代だけを請求した。