第3話
「それにしても、本当にここはどこだ? さっきまで残業していたのに外は明るいし、スマホの電波も入らない」
胸ポケットに入れていたスマートフォンを取り出して場所を確認しようとしたが、圏外になっており検索する事は出来なかった。しばらくは大人しく座っていたが、室内の飾りや外の景色が気になり立ち上がると情報収集を始める。
「外はビルも家もなにもないな。窓にはガラスもない。代わりに貼ってあるのは紙? 紙じゃないけど、薄い何かを貼っているんだな。隙間が多いが冬はどうするつもりだ? それに、家の中の装飾が古い? いや、歴史を感じると言った方がいいのか? 日本では見かけない感じの家だな。暖炉もあるし」
窓の外には田園風景があり、高台にあるのか遠くまでがよく見えた。植えられている作物は分からなかったが、広大な畑が広がっており健太は思わず和んでしまう。
しばらく外を眺めていたが、気分を変えて家の中を確認する。窓にはガラスがなく隙間から穏やかな風が流れ込んでいた。
飾り棚には小さな花瓶が飾られており、それ以外はなにもなく寂しい感じになっていた。だが、暖炉やテーブル、椅子は立派な物が備え付けられており、部屋の広さと一部の装飾品の多さ、そして装飾品の少なさにギャップを感じて首を傾げているとワゴンに飲み物を乗せたエルミが入ってきた。
「お待たせしました。ちょっと時間が掛かってしまいました。一緒にお菓子も必要だなと思って狩りに行っていましたので」
「お菓子を借りに? そうですか。そこまでして頂かなくても大丈夫ですよ」
「いえ。それほど手間が掛かるわけではないので大丈夫ですよ。この辺りの数少ない名産ですので、ぜひ食べて欲しいと思いまして狩ってきました」
若干、息荒くなっている姿を見て健太が日本人らしく遠慮する。言葉の違いに気付かずにやりとりをしている二人。紅茶と一緒に出された果物らしき物はスライスされており、爽やかな香りが健太の鼻腔をくすぐる。
「おお。リンゴですか。美味しそうですね」
「ご存じなのですね。異世界にもリイインゴウは居るのですね」
「居る? ええ、ありますよ。それでは頂きます」
普段の健太なら出された物をそのまま警戒せずに食べることなどあり得ないが、先ほどから異常が続きすぎて理解が追いついておらず、目の前に出された芳醇な香りに思わず手を伸ばした。
「うまい」
「でしょ! 異世界にもあると聞いたらドキドキしたけどよかった!」
一口食べた感想を端的に伝えると、エルミが嬉しそうにする。その笑顔に思わず魅入って眺めてしまう。一瞬呆然とした健太を見て首を傾げてくるエルミ。その仕草にもドキッとしながら健太は肝心な事を思い出し、咳払いをしつつ話し始める。
「んん。では説明をしてもらいましょう」
「その前に異世界の方。お名前を伺っておりません。改めて私の名前はエルミ。領主であるステンカの娘です。昔は侯爵だったそうですが、今は騎士爵です」
「そう言えば自己紹介をしていなかったですね。健太です。情報システム部に勤務しており、チーフとして部下が一人居ます。同じように紹介をしましたが、違和感しかありません。領主? 公爵? 騎士爵? 冗談ではないのですよね? それと先ほどから『異世界の方』と言われていますが――」
「あっ! そうでした! 健太様は私が異世界のカイシャより召喚しました。前回の召喚から五〇〇年経っておりますので、古文書にしか記録が残っておりませんので――」
健太の話の途中で遮るようにエルミが説明を始める。今まで断片的に聞いた情報からさほど増えていないことに焦燥感を覚えながら、古文書をめくりつつ一所懸命説明しているエルミを遮る。
「ちょっと待ってください。こちらから質問するので、それに答えてもらっていいでしょうか?」
「は、はい! どうぞ!」
突然、片手を上げて話を止めてきた健太に、エルミは驚きつつも慌てたように質問を促す。
「では、一問一答でお願いします。答えは端的にお願いします」
「は、はい!」
「ここはどこですか? 国名と地域を教えて下さい」
「はい。ここはセルドルフィアにあるタージュ王国のシャムシン騎士爵領です」
「……。ここは日本ではない?」
「ニホン? オワリではなくですか?」
「終わり? まだ質問はあるけど?」
「終了ではなく国の名前です、五〇〇年前に召喚された勇者様はオワリの国から来たと書かれております」
かみ合わない会話を続けながら健太は思考を巡らせる。
(終わりの国? ん? ひょっとして尾張か? 五〇〇年前と言うと江戸時代前だったよな? すると戦国時代か? ……。ダメだ! 単語は分かるが、トータルの情報にすると全く理解できない。俺は一体どこに居るんだ?)
「あ、あの。ケンタ様? どうかされましたか?」
完全に思考モードになった健太をしばらく眺めていたエルミだったが、あまりにも沈黙が続き居心地が悪くなったのか恐る恐る感じで声をかける。
「あ。いや。ちょっと理解できない状況でね。紅茶をもう一杯いただけるだろうか? コーヒーがあれば――」
「申し訳ありません。コーヒーは高級品なので……」
「それは申し訳ない。この紅茶も美味しいですよ。ただ、私がコーヒー好きなものでね。思わず言ってしまいました」
「栄光ある侯爵家だった時でしたら、ご用意できるのですが……。紅茶は私が作ったもので申し訳ありませんが、これでも良ければ――」
申し訳なさそうに伝えてくるエルミの言葉を健太は驚きの表情でもって応える。
「作った! 紅茶を自分で? それは凄い。ぜひ、もう一杯いただけるだろうか? その後で質問の続きをさせて下さい」
「はい! 喜んで!」