第22話
無事かどうかは置いといて夕食が終わった一同は野営の準備をする。宿泊するための道具は持ってきているので特に困る事はなかったが、やはり食料が心許ないとの事でエルミが狩りに出かけることとなった。
「すまないな。俺がこっちの世界で食べれる物が分からないばっかりに、エルミに負担を掛けてしまうな」
「いえいえ。ケンタ様は異世界の勇者様です。そんな方に食料調達なんて……。と、言いたいのですが、ケンタ様には塩のために頑張ってもらってます。せめて、食料調達くらいは任せてください! こう見えても私、強いんですよ!」
満面の笑顔で力こぶを作るエルミに強者の面影は欠片も見あたらなかったが、以前の戦闘を見ている健太は強さを分かっており申し訳なさそうに頼む。
「そうだな。エルミの強さはリンゴの木との戦いで見ているからな。俺はエルミが帰ってきた時にくつろげるようにコーヒーと、ココアを用意しておくよ」
「ココアは飲んだことがないので楽しみですね。では、3人分の朝ご飯を探してきます!」
エルミは元気よく宣言すると、剣を片手に街道沿いにある森に入っていった。
「じゃあ、俺たちに出来ることをしておこうか。なにかあるか?」
「いえ。かまども作りましたし、馬もくつろいでいます。後はエルミ様が朝食を狩ってくるのを待つばかりですね」
ゲンナディーの言葉にある『狩る』との不穏な響きに苦笑しながら、アイテムボックスからコーヒーとココアを取り出す。
「俺もアイテムボックスの使い方になれてきたよな。ん? ひょっとしてこっちの変わった物を、アイテムボックスに入れて持って帰れば、なおが喜ぶんじゃないか? エルミが設定を元に作ったと言えば喜ぶだろうな」
健太は呟きながら、残っているウードンを手に取るとアイテムボックスに収納しようと試みる。
「『納めよ』あれ? なんで収納できない? アイテムボックスに収納できるんじゃないのか? うお! なんか絡みついてきたぞ!」
「ああ! ケ、ケンタ様! すぐにウードンを放してください! ヤバいですよ!」
健太の右手に絡みついているウードンを見たゲンナディーが真っ青な顔で駆け寄ると、慌てた様子でウードンを引き剥がす。
「ちょっと! なにしてんっすか! 危ないですよ! ウードンを火にもいれずに持ち続けるなんて!」
「お、おお。す、すまん。助かったよ。それにしてもなんでそんなに焦ったんだ? たしかに絡みつかれてビックリしたけど?」
危機感がない健太の様子にゲンナディーは一瞬だけ呆れたような表情を浮かべたが、異世界は自分達の世界と違うと聞かせれていた事を思い出して説明する。
「そうでした。ケンタ様の世界にはウードンはないんでしたね」
「ああ。うどんならあるけどな」
微妙にイントネーションが違う事に首を傾げたゲンナディーだが、のほほんとしている健太にウードンの説明を続ける。
「こっちの世界のウードンは植物です。そして、まとまった量を火に入れると美味いです。入れる量によって、中の具材が変わります。ケンタ様が食べたのは最上級のウードンで、俺が食べたのは最下級です。ここまではいいですか?」
「ああ。なんとなくだが理解できた。それで危険な話は?」
「ああ。そうでした。このウードンは普段は動かないですが、切り離されると次の宿主を探します。そして宿主を見付けると、麻痺性の毒を埋め込んで動きが取れなくなったらユックリと根付いて、その後に――」
「そ、その後に?」
思った以上に凶悪なウードンの生態に唾を飲み込んで確認する健太。青い顔をしている様子に、危機感を持ってもらえたと感じたゲンナディーは安堵して話を終わらせる。
「まあ。あまり楽しい話ではないので止めときます。ケンタ様の世界ではウードンなどの収穫は簡単かもしれませんが、こっちでは危険だと覚えておいてくださいよ。ケンタ様になにかあったら、俺がエルミ様に殺されます」
「そんな大げさな。だが、こっちが危ないことは分かった。十分に気をつけるよ」
ゲンナディーが自分の事を心配してくれていると感じた健太は、感謝の言葉を伝えるのだった。
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「単に待っているだけなのも暇だからコーヒーでも飲むか。ゲンナディーさんも飲むだろう?」
「いえいえ! 俺にコーヒーなんて勿体ないですよ! 本当にいいです! 狩りで疲れているエルミ様のために残しといてください。それと俺の名前も呼び捨てでお願いします。エルミ様を呼び捨てなのに俺に『さん』付けはちょっと……」
本気で恐縮しているゲンナディーにコーヒーの価値を確認したくなった健太は軽い気持ちで問いかける。
「分かったよ。ゲンナディー。ちなみに、こっちでのコーヒーの価値はどうなんだ? ちょっと高いのか?」
「ちょっとどころじゃないですよ! コーヒー一杯で、俺の家族8人が数日は美味い物を食えますよ! ひょっとしたらお釣りが出るかも」
「そ、そんなにか?」
ゲンナディーから返ってきた内容に健太が驚きの声を上げる。領主のステンカからコーヒーは嗜好品であり、王都でしか飲んだことがないとは聞いていたが、そこまでとは思わなかったからである。
「まあ。こっちでは価値があるかもしれないが、俺の国では気楽に飲める商品が多いんだよ。俺も飲みたいから付き合ってくれ。エルミには特別製のココアを用意するからな」
健太はアイテムボックスから粉コーヒーを取り出すと、お湯を注いでゲンナディーに手渡した。