第20話
(自転車を用意したら早く付けるのか? ……。無理だな。この悪路ではまともに走らすことも出来そうにないな)
飛び跳ねるような馬車の中で車酔いと戦いながら健太は真剣に考えていた。
「どうかされましたか? 顔色が悪いようですが?」
「ああ。ちょっと、馬車に酔ったみたいだな。これがステンカ殿が開拓されている街道なのか?」
エルミの気遣いに感謝しつつ、飛び跳ねる馬車の中で健太は舌を噛まないように確認する。
「ええ。お父様が力を入れて開拓された街道になります。これで交易が出来るようになったので、本当に助かりました。この道がなければ、かなりの遠回りになりますし危険な道しかありません。なのでケンタ様に大量の塩を毎回運んでもらうことになるところでした」
「そうなのか。少しでも役に立てるのなら塩の運搬くらいは頑張るけどな。それに……。うぷっ! ちょ、ちょっとエルミ。馬車を止めてくれ! うっ! だ、ダメだ……」
止まった馬車から慌てて飛び降りた健太は、近場の草むらにしゃがみ込むと勢いよく吐き出した。
「大丈夫ですか! ケンタ様! 『我、この者の傷を飛ばす。キュアリー』」
「……。ああ……。すっかりマシになったよ。ありがとう。エルミ。ちなみに次の休憩はいつになる?」
「ケンタ様の調子を考えると、すぐに休憩を取りたいのです……。ちょっと相談しますね」
エルミは御者の男性と話し始める。本来の予定では近くの村で宿泊予定だったが、たどり着きそうにないので近場の湖畔で野宿する事が決まった。
「すまないな」
「大丈夫です! 近くは狩り場もありますから食料には困りません。いいのを狩ってきますね!」
湖畔に到着した一度は野宿の準備を始める。張り切った表情で狩りに向かったエルミを見送ると、健太も準備を手伝おうとする。
「いえいえ。ケンタ様はユックリしててください。俺がエルミ様に怒られます」
「気にしなくてもいいよ。少しくらいは手伝わせてくれ」
かまどを作っていた男性の恐縮した様子に笑いながら石を持とうとする。
「あっ! それは運びますので!」
「そ、そうだな。腰に悪いからな」
かまどに火が入ったのを確認して、健太はアイテムボックスから鍋とレトルトのスープを取り出す。
「その袋は? 銀みたいですが?」
「ああ。レトルトのコーンスープだよ。すぐ出来るけど飲むか?」
「いえいえ。そんな滅相もない。エルミ様が狩りに行かれているのに、俺がケンタ様から恵みをもらったら怒られますって」
2度も怒られる事を怖がっている御者の男性に健太は首を傾げたが、頑なに受け取る気がないと告げられると話題を変える。
「ところで、エルミはなにを狩りにいったんだ?」
せめてお茶でもと手渡してきた健太に、例を告げながら受け取った御者は一口飲んで一息をつく。
「お茶なら怒られないかな? ん! 美味いですね。このお茶。エルミ様なら、ウードンを狩りに行かれたかもしれませんね。この時期なら一番美味いと思いますよ。エルミ様の狩りの腕は領内で一番ですから、特大サイズを狙っているでしょうね」
「ケンタ様ー! いいのが狩れましたー」
両手いっぱいの白い紐状の物を持ってエルミが戻ってきた。
「それって、うどんか?」
「さすがはケンタ様です!ウードンもご存じとは! 作り方は一緒でしょうか? すぐに用意しますからね。ゲンナディー。準備はいい?」
「もちろんです。完璧に準備は出来ていますよ!」
かまどに近付いたエルミとゲンナディーと呼ばれた御者は、火の中にウードンと呼ばれた白い紐状の物を投げ込んだ。
「えっ? な、なんだと?」
「すぐに出来ますからね」
投入されたウードンは火に反応して激しく踊り出す。しばらく踊っていたウードンの形が徐々に変形しだした。
「これから、第2形態になりますよ」
「第2形態?」
エルミの声に反応した健太だったが、疑問はすぐに解消した。半球状になったウードンの中は紐状の物が微動しており、しばらくすると茶色い液体を出し始めた。
「ちょっと熱いので魔法で取り上げますね。『それはこちらに向かってやってくる。汝には羽が生えているから』いい感じです! どうぞ。ケンタ様!」
エルミの詠唱に反応するように白い半球状になったウードンが健太の目の前に差し出された。
「天ぷらうどんじゃん! どうやったらこんなのが出来上がるんだよ!」
目の前に出来上がった天ぷらうどんにみえるウードンは美味しそうな匂いを醸し出していた。
「じゃあ。私たちの分も作りましょうか。ゲンナディー。後はよろしくね」
「はい! 俺も食べていいんですか?」
「当然です。ケンタ様の為に張り切って狩りましたからね。お代わりもいいですよ」
大声でツッコんだ後は手にウードンを持ったまま麺を凝視して固まっている健太をよそに、二人のやりとりは続いていた。エルミは健太がまだ食べていない事に首を傾げると語り掛ける。
「ケンタ様。早く食べてください。熱い状態で食べるのが一番美味しいですよ」
「ああ。そうだな。……。美味い。間違いなく天ぷらうどんだ」
なぜか敗北したような表情を浮かべている健太を不思議そうな顔で見ていたエルミだったが、ゲンナディーからウードンが完成した事を告げられると嬉しそうな顔でキツネうどんを食べ始めるのだった。