第2話
網膜を焼くような強烈な光に思い切り目を閉じる。そんな健太の視界を真っ白な世界と、唐突に強烈な回転が襲ってきた。
「ぐっ! 眩しっ! 目が回る……。き、気持ち悪い」
身体を襲う三半規管がかき乱される感覚と強烈な吐き気を覚え、近くにあるはずの机に見えないながらもしがみつこうとする。だが、そこにはなにもなく、手が空中をむなしく掴んだ。目測を誤る距離ではない事に混乱しながら、健太は盛大に転倒した。
しばらく気絶していたようだ。転倒時に思い切り手を突いたのと右肩を強打したようで激痛の中、無意識に右手を押さえながら健太は冷静さを取り戻そうと周りを見渡した。
「痛ってえ……。どこだここ? おい! 塚腰! なお! 返事しろ!」
どこかの地下室なのか周囲には窓はなく、天井を見ても蛍光灯なども設定していないようで、壁に時代錯誤なロウソクから弱々しい光を届けていた。
「ほ、本当に異世界人の召喚に成功したのね? したのよね! 凄い! これで私達の領地も救われる」
「誰だ!」
唐突に蘇った視界と音に驚きながら、声がした方向に意識を向ける。そこには年若い金髪の女性が歓声を上げて自分を見ており、その表情は歓喜に震えているようであった。
「な、なに? 君は誰だ? ここは? 会社じゃないな? 床に描かれている模様は? 魔法陣?」
目の前の女性よりも床に描かれた魔法陣を昔に見たアニメの記憶を呼び出しながら眺めており、呆然となって周囲を見渡している健太に女性が話しかけてきた。
「私の言葉が分かりますか? 異世界の方。お名前を教えて下さい」
そこで初めて自分に語りかけている女性を認識したように、健太は我に返る。
「誰だ君は? 会社に無断進入するのは禁止されているぞ! それにその格好はなんだ? 塚腰の知り合いか?」
目の前にいる女性は見たことのない民族衣装を着ており、袖や襟元に原色を使った花柄の刺繍が施され、白いロングスカートにも大きな花柄があり、女性の金髪とよく似合っていた。
「そのツカコシさんなる方は存じあげておりません。異世界の方よ。そしてここはカイシャなる国ではありませんので、無断進入にも当たりません」
冷静に告げる女性を見て、その姿に健太は違和感を覚える。可愛らしい服装に反して、腰には剣のような物を差しており、右手には古めかしい百科事典のような大きな本を抱えていた。
「なにも知らずに会社に入ってきたのか? 警備員によく止められなかったな。裏口から無断進入したのか?」
「私の名前はエルミ。貴方を召喚した者です。こちらに来て頂いた理由をお話ししてもよろしいでしょうか?」
会社に無断進入してきた女性と話そうとした健太だったが、返ってきたのは理解不能な言葉だった。
「異世界の方? 召喚? 理由?」
「それにしても父様が言っていた話が本当だなんて。この方が世界を変える力を持つ英雄なのね。もっと若い男性だと思っていたわ。それに不思議な格好ね。カイシャって国は変わったところなのでしょうね」
困惑気味な様子の健太を眺めながら、エルミと名乗った女性は本を大事そうに抱えながら呟いていた。コスプレをしている女性から『不思議な格好』と言われた健太は苦笑しながら話しかける。
「私からすると、エルミさんだっけ? 君の方が不思議だがね。それにしても、ここはどこだい? 会社じゃないならどこかを説明してくれ。一体なにが起こっているのか分からない。君が説明してくれるんだよね?」
「ええ。もちろんです。貴方は私によって召喚されました。前回は五〇〇年前に召喚が行われたと、古文書に書かれています。そこまでは問題ないでしょうか?」
得意満面の表情で手元の本を読み上げながら説明するエルミに、健太は困惑した表情を続けながら確認する。
「さっきから『召喚』や『五〇〇年前』などと言っているがなんの話だ? 問題ないかと聞かれても答えようがない」
「えっ? 途中で召喚についての説明はありませんでしたか? 白い部屋で神様と名乗る女性と会いませんでしたか? スキルの提供はなかったの! ねぇ! 答えて! 本当になにもなかったの?」
心当たりのない話を聞かされて首を傾げている健太に、顔が付きそうな距離で近付いて健太の肩を掴みながらエルミが必死の形相で怒濤のごとく質問を始める。
「うぉ! ちょっと落ち着いて。ゆっくり話をしようじゃないか。今、情報を持っているのは君だけだ。その君が冷静じゃないと、私も質問に答えようがない」
「そ、そうですね。失礼いたしました。私も初めての召喚で分からない事が多すぎます。古文書を見ながら回答させてもらいます。まずはお茶でも用意しましょう。こちらへどうぞ」
魔法陣の上で話をしていた事に気付いたエルミが健太を食堂に案内する。周囲の光景から会社ではない事を理解した健太は、少しでも情報を集めようと周りを見渡しながら後をついて行く。
「あの光に巻き込まれたのが原因なのか? 本当にここはどこだ? 見た事のない物が溢れているな。それに彼女の服装といい、まるで中世のヨーロッパみたいだな」
「さあ。こちらです。空いてる席に座って下さい。今からお茶を用意しますので」
現代日本とかけ離れている様子に、健太は混乱に拍車を掛けながら勧められた椅子に腰掛けた。