第19話
コーヒーを淹れ直し、土下座状態のステンカを落ち着かせて椅子に座らせると事情の確認をする。
「実は……」
申し訳なさそうな顔で話し始めたステンカに、エルミの顔が強ばった。
「すると、お父様はケンタ様を見せ物にする約束をされたのですか? 至高の存在であるケンタ様からコーヒーまで恵んでもらったのに? お父様ごときが?」
「いやいや。色々とおかしいぞ? 『恵んだ』とか、『至高の』とかの表現は止めようか? それにちょっと顔が怖いぞ。エルミ。せっかくコーヒーを一緒に飲んだ仲じゃないか。それでステンカ殿。確認したいことがあります」
健太の言葉にステンカの身体が一瞬震える。コーヒーカップを持つ手も震えている事に苦笑を浮かべつつ、健太は軽く手を拭って気にしていないことを伝えた。
「それで、俺がその領主に会うだけでいいですか? そうする事でステンカ殿の面目は保たれ、塩の取引は出来るようになりますか? それとも、もっと他に俺が出来る事はある感じですか?」
「あ、会って頂けるのですか? ケンタ殿?」
「ええ。ゲオルギーを敵に回したから、もう一方の領主とは仲良くした方がいいでしょう。エルミを助けると約束したんです。それくらいなら喜んで協力しますよ」
「ケ、ケンタ様……」
明るい表情で目を潤ませているエルミと、心の底から安堵の表情を浮かべたステンカ。
「でも、お父様は反省して下さい。ケンタ様への相談もなしで、全てを決めるなんて!」
「間違いなく、次からは相談するよ。ケンタ殿がいないと、この領地は立ち行かないからね」
二人の様子を見ながら健太は軽く確認する。
「ちなみにその領主の特徴を教えてもらえますか?」
「いい方ですよ。それに事情を話したら、塩の販売も安価で譲って頂けると言ってくれました」
「それはお父様がケンタ様を利用したからでしょ! きっと、向こうにも困り事があって、異世界の勇者様であるケンタ様に相談されたいのでしょう」
「なるほどね」
行かないとなにも分からないとの結論を出した健太は、考えるのを一旦止めるとアイテムボックスからリンゴを取り出した。
「そうだ。お土産というか、こっちとあっちの違いを分かってもらおうとリンゴを持ってきたんだ。これが、俺の世界のリンゴだ。エルミの世界とは随分と違うだろ?」
「本当ですね。紫じゃない。ケンタ様。これの強さは――」
「先に行っておくが、俺の世界ではリンゴの木と戦わなくても収穫できるからな」
健太の回答にエルミが驚愕の表情を浮かべる。
「えっ? では、どうやって? 従順なリイインゴウの木では甘みが出ませんよ? それに動かないのなら、どうやって狩り取れば?」
「その単語からして違う! 狩り取るじゃなくて刈り取るからな。普通にもぎ取るぞ」
健太はスマホを取り出してリンゴの収穫シーンをエルミに見せる。
「ほら。こんな感じで――」
「えっ! 無抵抗のリイインゴウの木が存在するなんて!」
「いや。俺からすれば襲いかかってくるリンゴの木の方が衝撃的だぞ?」
健太はアイテムボックスからナイフを取り出すと、リンゴをウサギの形にして皿に盛りつける。器用にリンゴを細工をしていく健太の手並みに、惚れ惚れした表情を浮かべていたエルミだったが、恐縮したような顔をする。
「ケンタ様に料理をさせるなんて!」
「料理なんてレベルじゃないし、独身者は自炊くらいは出来るもんだよ」
「なるほど。ケンタ様には伴侶はいないと……」
ブツブツと呟いているエルミの様子を不思議そうに見ながら、健太は皿を二人に手渡す。
「ほぉぉ。器用なものですな。ここまで出来るのにケンタ殿は料理人ではないとの話ですからな。ニホン人は凄いですなー。そして美味い!」
感心したようにウサギに加工されたリンゴを食べながら、ステンカが頷いるとエルミの表情が変わった。
「ああ! お父様! ケンタ様が作られたのを最初に食べるなんて! この作品は見て、愛でて、慈しんで、そして心に刻んでから食べないと駄目でしょうが!」
「なにそれ? ちょっと、エルミさん? さらっと怖いのですが?」
鬼のような表情でステンカを責めているエルミを見ながら健太はツッコむのだった。
◇□◇□◇□
「ちなみに、隣の領地までどのくらいかかる?」
美味しそうにリンゴを頬張り続けているエルミに問いか掛ける。
「ほふぇでしはら――」
「ああ。食べ終わってからで良いぞ。それと気に入ったのなら、また今度大量に買ってこよう。あと数個あるが食べるか?」
「はい!」
食べながら喋ろうとするエルミを止めると、アイテムボックスからリンゴを取り出す。
「まだあるから焦らずにゆっくりと食べたらいい」
「それにしても不思議です。赤いリンゴは未熟状態なのにケンタ様の世界では完熟なのですね」
もきゅもきゅと口を動かしながら感心しているエルミを見て思わず写真を撮りそうになった健太だが、何とか耐えきると次回も加工する事をエルミと約束しつつ、さらに笑顔を見たいと感じる。
「次は梨や他の果物も用意するかな」
「ナシなる実は食べた事がないので楽しみです! では、お腹も膨れたので隣の領地に向かいましょう!」
輝く笑顔でエルミは元気よく答え馬車に乗り込む。行程は宿泊を挟んで5日との事で、健太は異世界での不便さを実感するのだった。