第17話
「そうそう。ステンカ殿にもお土産があるのですよ」
「えっ? 私にお土産ですか?」
心底驚いた顔をしているステンカに不思議そうな顔をする健太。
「よけいなお世話でしたか?」
「いえいえ。お気遣いに感謝ですが、本来なら私はお土産をもらうような立場ではありませんので。それともエルミに土産を渡しているから私にもでしょうか? エルミの父親だからですか?」
風習が違う事に気付いた健太が、慌てて自分の国では気楽にお土産を渡すと説明する。その話を聞いたステンカは安堵したような表情になった。
「なら土産は不要ですな。我々の間では土産を渡された相手は、その意図を考える必要があります。平民なら問題ないでしょうが、爵位が低いとはいえ私やエルミに渡すのは考えて頂いた方がよろしいかと。それと、商人にもご注意を」
「商人? それはまたなぜ?」
安堵を含めた納得した表情で説明をしているステンカに健太は首を傾げる。
「簡単な理由です。自分より上の人間に手土産を渡すのが商人です。自分に手土産を渡されたら格下だと思われるでしょう」
「なるほど。感覚の違いですね。私の国では、それほど仲良くなくても気楽な感じで渡しますから」
健太は頷きながらも、ちょっとだけイタズラ心を出してステンカに話す。
「では、こちらの風習に合わせます。残念です。せっかく、ステンカ殿にコーヒーを持ってきたのですが……」
「え゛っ? コ、コーヒーですと? ちょっと待ってもらっていいですか? あの、嗜好品であるコーヒーですか?」
「ええ。私の国では気楽に買えて、私も愛飲してますからね。ぜひ、ご一緒にと思ったのですが、いやー残念です。前回お話を聞いたときに飲みたそうにされてましたが、余計な気遣いでしたね。では私一人で飲むとします」
アイテムボックスから焙煎済みのコーヒー豆と豆挽き器を取り出す。適量を入れ、挽き始めると部屋中に魅惑的な香りが漂い始めた。王都で一度だけ飲んだことのあるステンカは、その記憶を思い出して唾を飲み込む。
「あ、あの。ケンタ殿?」
「ん。挽いただけでも良い匂いがするな。後はお湯を作るための道具も持ってきているのですよ」
アイテムボックスからドリップポットにサーバーやドリッパーなどを取り出し、ガスコンロとやかんをセッティングしてペットボトルの水を注ぐ。
「沸騰するまで、他の準備もしましょう。フィルターをセットして、表面が均等になるように粉を入れて……。おっ。お湯が沸きましたね」
「ケ、ケンタ殿。その、ちょっとお願いが……」
固唾を飲んで見守っているステンカを視界に入れながら、健太は真剣な表情でお湯を少し入れて蒸らす。
「これがポイントです。私なんかよりコーヒー好きな方はもっとこだわるのでしょうが。私は堪え性がないのですぐに注ぎ初めてしまいます」
中心から静かにお湯を乗せる感じで同じ量で注ぎ始める。すると部屋にコーヒーの香りが満ち始めた。
「あの――」
「しっ! もう少し待ってください!」
「すいません」
健太から注意を受けたステンカは、叱られた犬のようなしょんぼりした表情で黙った。その様子に悪ふざけをしすぎたと感じた健太は、コーヒーが注ぎ終わったこともあって、カップに注いだコーヒーをステンカに手渡す。
「えっ? ケンタ殿?」
「すいません。意地悪が過ぎました。これはお土産ではなく、私が飲みたいために淹れました。ですが、一人で飲むのも寂しい話なのでお付き合い頂けますか?」
「おぉ。喜んで! ケンタ殿のご配慮に感謝いたします。もう、香りだけで満足だと思っていましたが、近くで匂いを感じるとさらに違いますな」
「コーヒーを分かって頂ける方が近くにいて良かったです。一緒に楽しんでくださる方が居るのは嬉しいですよ」
二人で談笑しながらコーヒーを楽しんでいると、荷物を運び終えたエルミが応接室に入ってきた。そして、部屋に漂う香りに首を傾げるとステンカに質問する。
「お父様? この匂いは?」
「おお! エルミ! ケンタ様がコーヒーを淹れてくださったのだ!」
嬉しそうにカップを掲げて告げてくるステンカに、エルミの表情が強ばる。そして、心底恐ろしい声がステンカの耳に届く。
「賓客の。それも異世界の勇者様の。ましてやケンタ様にコーヒーを淹れさせたのですか? お父様?」
「い、いや。そうではなくてだな。誤解だぞエルミ! これはケンタ様の国で飲まれているコーヒーであってだな――」
「それをお父様が一番に飲んだと? 頑張っている私ではなく? しかもケンタ様が手ずから淹れてくださった至高の嗜好品を?」
話すごとに殺気のような、嫉妬のような、負の感情を全て混ぜたような視線がステンカに突き刺さる。先ほどまでのくつろいだ空気はなくなり、戦場真っ直中にいるような重苦しい状況が生まれた。
「ケ、ケンタ殿。そ、その助けて頂けませんか?」
「えっ? どうかしましたか?」
平和な世界に生まれた健太には部屋の空気が変わったことは分からず、何事も無かったかのようにエルミに話しかける。
「エルミもお疲れさま。こっちで一緒にコーヒーを飲もう」
「はい! ありがとうございます。そのような高級品を頂けるなんて嬉しいです! それもケンタ様自ら淹れていただけるなんて! 家宝として大事にします!」
「いや。大事にされても困るぞ? 一緒に飲もう。すぐに淹れるからちょっと待っててくれ」
エルミの言葉を冗談だと思った健太は、軽く笑いながらアイテムボックスから追加の豆を取り出した。




