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第16話

 再び襲ってきた三半規管をかき乱す感官と、強烈な吐き気に耐えながら健太は歯を食いしばる。


「ぐっ! 相変わらずキツい……」


 目を開けて周囲を確認しようにも眩さゆえにそれも叶わず、光が収まり感覚が元に戻るのをひたすら待つしかなかった。そして目を閉じても真っ白になるほどの明るさが、唐突にその役目を終えたように無くなり暗闇が包む。


「うっ。うぇぇ……。と、到着したのか? エルミ? エルミは居るか?」


「はい! ケンタ様! 側にいますよ。ゆっくりで大丈夫です。今、水をお持ちしますね」


 吐き気と戦いながら、何とか声を振り絞った健太の声にエルミが反応する。慌てて飲み物を用意する姿を見つつ、安堵しているエルミの声を聞きながら急速に体調が整ってくるのを感じ、健太は組み立て式台車の上からユックリと降りた。


「おお。お前も無事に一緒に、こっちに来れたみたいだな」


 少しふらつく身体を台車に声を掛けながら、一緒に異世界に来れた事に安堵を覚える。光が消えた魔法陣を確認してエルミが近付いてきて健太の身体を支えた。


「大丈夫ですか?」


「ああ。大丈夫だぞ。それにしても、この感覚にだけは慣れそうにない」


「申し訳ありません」


 苦笑しながら話す健太にエルミが身を竦めながら謝罪する。


「気にしなくていい。エルミが悪い訳じゃない。ああ。そうだ。これは返しておこう」


「えっ? これは私のイヤリング?」


 健太から手渡された物を見て、エルミの目が見開く。そこには泪型のイヤリングが地下室の火を受けて鈍く輝く。


「アイテムボックスを使えたのですか?」


「ああ。なおと話した感じでは特殊な仕様になっているようだった」


「特殊な仕様ですか?」


 不思議そうにしているエルミの様子に、健太は二つの世界でアイテムボックスは使うことが出来るが、一方通行であることを伝えた。


「なるほど。特に問題はありませんね。私たちが欲しているのはケンタ様の世界の塩ですから」


「ああ。そうだな。こんな感じで取り出すことが出来るぞ。『取り出せ』ほら、食べてみてくれ」


 健太はアイテムボックスからパンを取り出してエルミに手渡す。出来立てのパンを目にして、エルミの表情が驚きの色に染まる。そして、ほのかに暖かさが残っているパンを恐る恐る口に入れる。口に入れた瞬間、柔らかさと甘さ、そして小麦の匂いが広がった。


「おいしい! 本当に美味しいです。ケンタ様はいつもこんなに素晴らしいパンを食べているのですか?」


「毎回ではないぞ。ちょっとエルミに美味しい物をプレゼントしたくてな。有名なパン工房に寄ってきたんだよ」


 明後日の方を向きながら鼻の頭を掻きつつ、照れくさそうにしている健太を嬉しそうに見ながらエルミはパンを食べた。


「それで、その不思議な箱に入っているのが塩ですか?」


 パンを食べて満足げな表情になっていたエルミが、大事な事を思い出して問いかける。


「ああ。これは俺の国で作られる塩だ。一袋に25キログラム入っていて、10袋用意している」


「半分も用意してくださったのですか!」


 健太から塩を用意すると言われていたが、半分用意できればいいと思っていた。喜びの表情を浮かべてるエルミに、さらに喜んでもらうために健太はアイテムボックスから一袋の塩を取り出す。


「安心してくれ。まだ俺のアイテムボックスに半分入っている。取りあえずは外に運び出そうか。もう一度収納したら、俺の国でしか出せなくなるからな」


「はい! はい! ありがとうございます。ケンタ様! 本当に……」


 目を潤ませながら感動しているエルミを見て、健太は再び照れくさそうにしながら台車を外に運びだした。


 ◇□◇□◇□


「失敗した……」


「だ、大丈夫ですよ! ケンタ様! 私が運びますから。ケンタ様はゆっくりと休んでいてください」


「す、すまない。俺が不甲斐ないばっかりに」


「そんな事を言わないでください。 私、力持ちなんですよ!」


 ソファーに横になった状態で、うめき声を上げながら泣きそうな表情になっている健太に、笑いながらエルミは力こぶを作るポーズを取る。

 事の始まりは台車を地下室から運び出そうとした時である。健太は階段があることに気付いて愕然とした表情になり、エルミに良いところを見せようと挽回するために25キログラムの塩を担ごうと一気に持ち上げた瞬間に腰に違和感があり、そして「しまった」と思わず呟いた瞬間に悲鳴を上げた。


「これで、不思議な箱に乗せた分は全て運びました。後はケンタ様のアイテムボックスに入っている分です」


「ああ。こっちに置いていく……。うっ! こ、腰が……」


 身体を浮かせて塩を取り出そうとした健太だったが、ぎっくり腰の激痛でそれどころではなかった。結局、健太のぎっくり腰は終日治らず、翌日の朝まで定期的にエルミから回復魔法を受ける必要があった。


「おはようござます。ケンタ殿。お加減はいかがですかな?」


「お気遣いありがとうございます。ステンカ殿。ご息女の回復魔法のお陰で、この通り元気になりましたよ」


 翌朝、すっかり回復した健太は爽やかな笑みでステンカと挨拶をしていた。

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