第110話
「ごめんなさい。もうしません。他にはありません。大丈夫です。これ以上の隠し事はありません。お願いです。許して下さい」
正座の状態でステンカが延々と謝罪の言葉を述べていた。その前にはデュオが、背後にはヴァレンがそびえ立っており、ステンカが逃げ出さないように2人の配下の者達も控えていた。そんな様子を眺めながら健太は苦笑しつつ、食堂に行く事を伝える。
「私はディナーの準備がありますので、キリの良いところで食堂へお越し下さい」
「え? ケンタ殿? 助けてくれないので?」
「本当にお父様は少しは懲りて下さい。全てをお二人に吐き出すまで、水出しコーヒーの抽出も禁止しますからね」
健太と腕を組んだままでエルミがため息を吐く。実の娘にも呆れられている事実を突きつけられたステンカは絶望した表情になったが、デュオとヴァレンに軽く肩を叩かれた。
「今さらじゃろう。気にする必要もないと思うぞ?」
「そうです。ケンタ殿が居るのですから、将来は安泰でしょう。夕食が出来る上がるまでは続けますから、覚悟するように。ちなみにケンタ殿。夕食を作る時間は?」
ヴァレンの問い掛けに健太はニヤリと笑いつつ、時間は自由に設定して構わないと答える。
「ほう、なるほど。時間の調整も出来るのか。そういえば事前調査でスープなどは一瞬で作られると聞いたな。それも魔物を使わずにお湯だけで作れると報告にあったな」
「では、30分後に食べれるようにしてもらいましょうか。構いませんかな? ケンタ殿」
「ええ。分かりました。では、30分後に食堂でお会いしましょう。ミズキ様、ミナヅキちゃんも、そろそろ耳から離れてもらって良いかな? ……。俺は生まれて初めて『耳から離れて』と言ったぞ」
苦笑をしている健太にミナヅキとミズキが大きく首を振る。
『いーやーでーすー』
『私もー。ケンタ様の耳が気持ちいいのー。ゲンナディーなんて目じゃないのー』
「ちょっ! ミナヅキちゃん!? なんでそんな事をいうっすか! 前に『ゲンナディーの耳は世界一なのー』と言ってくれたじゃないっすか!」
『もう2番なのー』
ミナヅキの言葉にゲンナディーがショックを受けた顔になる。さすがに可哀想に思ったのか、ミナヅキはゲンナディーに近付くと、頭の上に乗ってポンポンと叩いた。
『でも、頭の乗り心地はゲンナディーの方が素晴らしいのー』
「ほ、本当っすか! ふふん! どうっすか! ケンタ様。俺の方が乗り心地が良いらしいっすよ! ふふん!」
「お、おう。良かったな。ミナヅキちゃんはやっぱりゲンナディーの方がいいんだな」
『ふふん』
ゲンナディーが見えない場所である、当人の頭の上でミナヅキが悪い顔をしていた。その顔を見た健太とエルミは、ゲンナディーに憐憫の表情を向ける。
「ミナヅキちゃんが悪女に見えるぞ」
「奇遇ですね。私も同じように感じています」
『もともとミナヅキは、ちゃっかりしている子ですからね』
ミズキが健太の左の耳にぶら下がったままで答える。そんな姿をエルミが恨めしそうに見ながら呟いた。
「私もミズキみたいにケンタ様の耳にぶら下がりたい」
「いやいや。エルミにぶら下がられたら耳が引きちぎれるからな」
ミナヅキが居なくなって空いている右耳を庇いながら、健太はエルミの腕を振りほどくと食堂に向かった。
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「ふー。久々にスッキリしたの」
「そうですね。大貴族である我らが本気で怒れる人材はなかなかいませんからね」
爽やかな顔でデュオとヴァレンが食堂に入ってきた。扉の向こうでは灰色になったステンカが、呆然とした表情で天井を見上げており、その周りには同情混じりのデュオとヴァレンの配下の者達がいた。
「おお。ケンタ殿。素晴らしい夕食を期待して良いのだろうな?」
「もちろんです。私の世界にある料理をご馳走しますよ。まずはスープからいきましょうか」
健太は2人が着席をしたのを確認すると、スーパーで高級品に分類される一箱一食のスープを二人の前に置いた。スープ皿から漂う匂いに二人の食欲が盛大に刺激される。大きくつばを飲み込みながら、少し震える手でスプーンを持って一口すすった。
「うまい。それ以外の感想が出てこん」
「気持ちは分かります。我ら高位貴族でも食べた事がないスープですね。これをケンタ殿の世界では一般庶民でも飲んでいると? どれだけ裕福な国なのだろうか」
二人は最初の一口をすすった後は一心不乱に飲んでおり、感想を述べたのはスープが無くなった事に気付いてからであった。
「お気に召したようでなによりです。エルミに聞いた話では、スープの後は様々な料理を出すとの事でした。なので、ハンバーグ、から揚げ、焼きそば、たこ焼き、ピザ、ホットドッグ、フライドポテトなどを用意しております。食べたい物を言って下されば取り分けいたします」
「ほう。見た事がない料理が並んでおるな。匂いもスープとは違ってまた面白い。儂はハンバーグをもらおうかの。やはり男なら肉を頼むのが当然じゃろう」
「相変わらず脳筋ですね。私はピザと呼ばれたのを頂きましょう。チーズがふんだんに使われているのが食欲をそそります」
健太が用意したインスタント食品は2人から大絶賛され、大成功と呼べる夕食になった。