第106話
「まずは、こちらをご覧ください。これが最初にお出しするコーヒーの抽出器具です」
健太が二人を案内したのはステンカが水出しコーヒーを抽出している『工房』と呼んでいる場所だった。デュオとヴァレンは水出しコーヒー器具に近付くと、興味深そうに眺め始める。
「ほう、上のガラス容器に水が入っているのか。なるほど、真ん中のコーヒーを通り過ぎると色付いて下の容器に溜まるのか」
「そのようですね。それにしてもこれほど精緻なガラス細工が作れるとは、異世界の勇者殿が住んでいる世界は凄いですね。かなり高いのでは?」
「そうですね。それなりの値段はしますね。ちなみに販売予定はなく、こちらの器具は非売品で考えています。ステンカ殿には特別に貸与している状態なのです」
希少性を出すために売り物ではない事を先に伝える健太。2人が残念そうな顔をしたのを狙い通りだと小さく微笑むと、健太はアイテムボックスから小さな水出しコーヒー器具を取り出した。
「こちらの水出しコーヒー器具でしたら販売は可能です。数はそれほど用意できませんし、高額になるのはご了承ください。よろしければナンバリングで販売させて頂きますよ?」
「はっはっは! 異世界の勇者殿は商売上手でもあるな。いいだろう。ナンバリングをして販売して頂こう」
「私は2番手でいいですよ。デュオに恩を売るのも悪くない」
「はっはっは! 相変わらず、細かいのう。ヴァレンは。だが、その恩は売ってもらおうかの。これで王都にいる奴らに自慢が出来るわい。それで値段は?」
デュオに問われた健太は大きく頷きながら答える。
「そうですね。今、我が領地ではトラブルが起っております。そちらの解消に力を貸して頂ければ――」
「ほう。異世界の勇者殿は我ら高位貴族の力を使って、ライバルを排除したいと考えているのか?」
「ええ。私どもからでは改善が認められないので、皆様のお力が必要なのです」
健太の言葉にヴァレンの目から光が落ちて無表情になる。そんな二人のやりとりを眺めていたデュオが大きく笑い始める。
「ふはは! いいではないか」
「しかし、デュオ――」
「構わんだろう。あれじゃろ? 塩の供給を止めようとした馬鹿息子の事だろ? あいつは一番やってはならん事をした。そうじゃろ? お主も言っておったではないか」
大笑いしているデュオにヴァレンが顔をしかめる。
「それを言ったら駄目でしょうが。ケンタ殿の対応力を見たいと最初に言ってたではないですか」
「そうじゃったかの? はっはっは! まあ良いではないか。それよりも儂はコーヒーが飲みたいぞ。馬鹿息子の事なぞ、コーヒーが終わった後でも構わん。早く案内してくれまいか?」
「そうですね。では、まずはコーヒーを飲んで頂きましょう。それからの話しと言う事でいいでしょう」
健太の言葉にステンカも頷きながら、喫茶店と呼んでいる部屋に二人を連れて行くとコーヒーの準備を始める。エルミも二人と話をしながら、健太が用意したお菓子が入った皿を並べ始めた。
「こちらはケンタ様が異世界で調達されたお菓子になります。まんじゅうにクッキー、キャラメルです。そして、こちらの黒色のお菓子が精霊様に大絶賛されたチョコレートです」
「ほう。精霊使い殿が使役している精霊様が好きなお菓子だと?」
「はい、それと大精霊様もお気に召されております」
「「大精霊様だと!」」
エルミの説明にデュオとヴァレンが驚きの声と共に立ち上がるる。精霊使いがいる事は諜報活動で知っていたが、大精霊とまで会っているとは知らなかったからである。これはステンカが切り札として隠しており、今回の二人の驚きを見ると大成功であった。
「そうです。大精霊様はケンタ様と懇意にされており、チョコレートのやり取りをされているのですよ」
「なんと。この数百年現れなかった大精霊様と懇意にされているとは。ステンカ、なぜ黙っていた?」
「いや、たまには二人を驚かそうかなと」
ヴァレンの問い掛けにステンカが微妙にドヤ顔をしながら答える。デュオとヴァレンの二人は顔を見合わせるとステンカに近付き、それぞれが片腕を持った。
「え?」
「ケンタ殿。少しばかり小部屋を借りたいのだが?」
「そうじゃな。声が漏れない部屋じゃと助かる。特に甲高い悲鳴は聞こえん方がいいじゃろうな」
真顔になっている二人に、健太よりも先にエルミが反応した。
「でしたら、特別に作ってもらった部屋があります。4人で会議が出来る大きさくらいですが、机と椅子を取り除きますので正座も出来ます」
「ちょっ!? エルミ? 可愛い我が娘よ! なぜ父を裏切るのか!」
「お父様は何度も反省をした方が良いようです。丁度良い機会です。私も一緒に同席させて頂きます。15分ほどお時間を下さい。構いませんよね、ケンタ様?」
「あ、ああ。構わないけど、お手柔らかにな」
なぜかエルミの方がやる気になっており、健太は引きつった顔を浮かべながら了承する。そんなやり取りに裏切られた表情を浮かべていたステンカだったが、両腕を掴まれている為に逃げる事も出来ずに諦めたように小部屋へと連行されていくのだった。




