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第10話

 突き飛ばされた健太が思わずよろめく。何が起こったのか分からないまま、なんとか体勢を整えて衝撃がきた方向を見ると、目つきの悪い男がこちらを睨みつけていた。


「おい。人の婚約者に手を出すとはいい度胸じゃねえか。ああ?」


「ゲオルギー殿! ケンタ様になにをするのです! それに私は貴方の婚約者になっておりませんし、お父様から正式にお断りをしています。大丈夫ですか? ケンタ様?」


「ああ。特に問題ないよ」


 支えるように寄り添うエルミに健太が苦笑を浮かべながら答える。その親密さにゲオルギーと呼ばれた男性は大きく舌打ちした。


「おい。おっさん。随分とエルミと親しそうじゃねえか?」


 声を掛けられた健太は目の前のゲオルギーを眺めた。背は低く痩せ形で、自分を見下したかのような目線。騒動を起こしながらも周りを気にしない神経。一目見ただけで健太はゲオルギーの事が嫌いになった。


「おい! 人の話を聞いているのかよ? おっさん!」


「ああ。聞いているぞ。それにしても小柄なのに態度だけはでかいんだな。お坊ちゃん」


「なんだと? 言うじゃねえか。おっさん」


「止めて下さい! この方は異世界の勇者のケンタ様ですよ! すでに王都にも早馬を出しています。もし、ケンタ様に危害を加えるなら私が相手になります」


 健太の言葉に剣呑な空気を出したゲオルギーの腰が少し落ち、腰に差している剣に手が伸びる。思わず後ずさった健太の前にエルミが抜剣した状態で立った。


「ほぉ。異世界の勇者ねえ。五〇〇年前のお伽噺と思っていたが……。なるほどな。さすがはシャムシン家の才媛か」


 エルミの殺気に思わず剣から手を離しながらゲオルギーは考え込む。そして一つの結論に達すると笑顔を作った。


「これは失礼しました。異世界の勇者であるケンタ様。私はブィチコフ領の次期当主になるゲオルギーと申します。いま危機に直面しているシャムシン家を救うために視察に来ているのですよ」


「ゲオルギー殿! 今はその話をしている場合では――」


 突然話し出したゲオルギーにエルミが焦ったように遮ろうとする。しかし、ゲオルギーはあざ笑うかのように話を続けた。


「なにを焦っている? 異世界の勇者様がいるのだぞ? お知恵を拝借した方がいいだろう。なにせ勇者様はこの世界を変える力をお持ちなのだから。そいつが本物ならな」


「失礼ですよ! ケンタ様は本物に決まっています!」


「なら、証明してもらおうか」


「そ、それは……」


 ゲオルギーとエルミのやりとりはヒートアップしていた。


「早くお見せいただけますか? ケンタ様」


「そうは言ってもな」


「私のような下賤の身には見せられないと? アイテムボックスは勇者様として必ず持っている能力。そちらを見せてもらってもいいですよ?」


 ゲオルギーの顔を見ながら健太は首を傾げていた。


(アイテムボックス? なんだそりゃ? 道具箱? 俺がそれを持っている? なにも持ってないが……。ん? そう言えば、こっちに来る前に見たな)


「あ、ああー。ゲオルギー君。私は昨日の夜に、その召喚とやらで呼ばれているんだよ。まだ、なにも説明を受けてなくてね。使い方が正直分からない。ただ、召喚前にアイテムボックスとの文字は見た」


「そうでしたか。それは仕方が無いですね。――。なんて納得してもらえるなんて思うなよ! 言い訳するならもっと上手にしろよ! おっさん!」


 健太の言葉に激高したゲオルギーがつかみかかる。慌てたエルミが無理矢理引きはがしてゲオルギーを投げ飛ばした。


「いってぇ! なにしやがる! いや。お前の気持ちは良く分かった。ブィチコフ家の援助は必要ないとのことだな。帰って親父に報告しておこう」


 荒々しく去っていくゲオルギーを唇をかみしめて見送るエルミ。その様子を眺めつつ、健太は何も出来ずにいるのだった。



「すいません。お騒がせしました。では観光を続けましょうか」


「いや。そんな感じじゃないだろ? 話くらいなら――」


「無理です! ケンタ様は異世界に戻られる方です! だからお願いをしても……」


 無理矢理笑顔を作ったエルミに健太が話しかけようとしたが、大声で遮られてしまう。話を続けようとした健太だったが、エルミの涙を見て言葉を飲み込んだ。


(確かに、俺は今日で帰るつもりだよな? それに力のない人間がなにを出来るっていうんだ?)


 二人が黙っていると、遠巻きに見ていたマドレが話しかけてくる。


「ケンタ様が異世界の勇者様ならなんとかしてくれるんじゃないのかい? 伝説のアイテムボックスには色々と入っているって聞いたよ? ケンタ様に塩を用意してもらったら――」


「ダメよ。ケンタ様は昨日に来たばかりなの。それに今日の夜には帰られるの」


「だったら! なおさら――」


「もういいの。マドレおばさん。私が明日にゲオルギー殿に謝りに行くから」


 マドレとエルミの話はエスカレートしていった。だが、最後は寂しそうに微笑みながら呟いたエルミの言葉に辺りを静寂が包む。


「――。エルミちゃん。自分が何を言っているのか分かってる?」


「ふふっ。久し振りに『ちゃん』付けで呼んでくれたね。マドレおばさん」


「茶化さないの! 謝りに行くって事はあいつの要求を飲むって事だよ! あんな奴の奥さんになるのかい?」


「だって! 他に方法が――」


「ちょっと、話が見えないが、俺にも出来る事があるように聞こえたぞ。だから状況を説明してくれないか?」

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