よっつめ 『形而上学的殺人事件』
その場面に現れたのは探偵である。探偵は言った。
「この世界における、あらゆる死は殺人だ。誰が殺したかは問わないにしてもね」
私は尋ねた。
「事故でもですか。病死でもですか」
「事故は人でない何かによる殺人だ。たとえば、工場勤務の男がローラーに巻き込まれたとすれば、それは機械による殺人であるといえる。それか、彼を不注意状態に追いやるような労働条件を課した使用者によるプロパビリティの殺人か」
「病死は」
「病死はその病の要因による殺人だ。ストレスか、食事か、はたまた周りの人々か……ほう」
探偵は少し驚いたように息を吐いた。
「君も既に殺されてるな。驚いた。生きているのに殺されているとは」
私は戸惑う。
「生きているなら死んでいません。死んでいないなら、殺されてもいないのでは?」
「いや、殺されたんだよ。君は、形而上学的に殺されてるんだ」
「誰にですか」
「君に」
「どうやって」
「君のすべてが牙を剥いて」
答えになってない。形而上学的とは何だ。探偵の言葉遊びに過ぎないのではないか。
「形而上学的に殺されるとは、どういうことですか」
「君の中にある世界、或いは、君に見えるすべての世界が死んで見えたとき、それが君が形而上学的に殺されている状態であるということだ」
私は度肝を抜かれたような感になった。探偵の言葉は的を射ていた。私にとって、私以外のすべては死んで見えていた。それは、私が殺されていると言うことなのか。形而上学的に。
「大丈夫だよ。形而上学的な死は復活も容認している。なにせ、見た目には何も変わっていないのだからね。きっと君もいつか生き返ることができるよ」
そういうと、探偵の姿はふっとかき消すようにそこに存在しなくなってしまった。
私は彼の居なくなった虚空に向けて叫んだ。
「私はあなたに救って欲しかった。あなたに存在して欲しかった。どこどこまでも聡明で、どこどこまでも皮肉屋で論理的なあなたに居て欲しかった」
答えはなかった。結局は、探偵という存在自体も形而上学的なものに過ぎなかったのだ。
また、場面は振り出しに戻った。
私は独りだった。殺されてもいなかった。




