とお 『死んだ世界の腸にて』
死んだ世界の腸にて、僕たちは生きている。
太郎くんは朝目覚めれば歯を磨き、花子さんは朝食を食べた後化粧をする。それが始まりの取り決めだったのだ。
健一くんは恋をして、静さんはそれを拒む。晴紀くんは仕事をし、和子さんは育児をする。翼くんは勉強し、真美さんは運動する。光夫くんは煙草を吸い、泉さんは酒を飲む。大輔くんは……。
僕はそこでようやく気が付いた。こんなのを列挙するのは全て無意味なのだ。全ては死んだ世界の腸の中の出来事なんだ。
静止した、動きまわる光景の中を僕は歩く。周りを人が行き交い、自転車が行き交い、車が行き交う。それも『営み』の一部分なんだ。信じたくはなかったけど、やっぱりそうなんだろうな。僕たちはその程度のものなんだ。
その時、僕の身体がふわりと浮かんだ。一瞬目眩でもしたのかと思ったが、違った。確かに視界が上へ上へとスライドしていく。最初はまるでエレベーターのようなゆっくりとした速度で。街の一番高いビルの背を越えた辺りからは、一気にロケットのそれに変わった。乗ったことはないからその例示が正しいかは分からないけれど。
どこにも風は感じなかった。もちろん重力も。
厚い雲を抜け、澄み渡る青空を抜け、いつの間にか周りは夜空に囲まれていた。宇宙とかいう名の僕らにとっての夜空に。
遙か下方に蒼き星。不思議だった。僕の周りは灰色と黒と白と肌色ばかりで蒼なんてどこにも見えなかったのに。
ああ、そうか。
僕は気づいた。
死んだ世界の腸は、蒼い色をしているのだ、と。僕は、僕たちは、死んだ世界の腸の中。閉じ込められた細胞の一つ一つの中で生き、この死んだ世界を腸の外側も見られぬままに死んでいくのだ、と。
死んだ世界の腸は、今までに見たことがないほど綺麗な色をしていた。
死こそが一番美しい。
今ではもうお決まりとなったサイコキラー的登場人物の台詞。常軌を逸したキャラ付けの為の理屈のつもりだったのだろうが、今の僕にはそれが何よりも尊い真理なのだとしっている。
死んだ世界の腸は、今なお僕の前に鎮座している。
ああ、僕も死ねばここまで美しくなれるのかなあ。
解らない。解らなかった。いくら考えても、答えらしき物は見えなかった。
じゃあ、一回死んでみるか。
僕は見えない足場からひょいっと死んだ。
死んだ僕の腸は……。




