第2章 奈菜と出会ったコンビニ(その56)
「まぁ、息子のほうはそれで一応は納まるべくして収まったんですが、問題はその火事で娘が死んだことでした。
実を言うと、息子が家出をして行方知れずになったとき、もう私の代で家業の酒屋は廃業する覚悟はしていたんです。
ただ、京都の本家だけは何とかして続けさせてやりたいと思っていたんです。
何しろ、江戸時代から続いた造り酒屋でしたからね。
それで、本家の従兄弟と相談して、うちが廃業して整理がついたら、私も本家を手伝うことにしていたんです。
後継者選びの件もありましたから。
そのときの話では、後継者は少しでも血筋が濃い位ほうがいい。
だから、うちの娘の子供をひとり養子にほしいとまで言われていたんです。
何しろ、酒造りはそれぞれの店独特の秘密がありましてね。
それを頑なに守り通して、現在まで一定のブランドを維持してきたのです。
会社組織にはしていますが、合同会社という特異な形態をとっているのもそうした理由があるんです。
ところが、先ほども言いましたが、その火事で、最後の望みだった娘を失いました。
何もかもが、そこで狂ってしまったのです。」
マスターは、またそこで、テーブルの上の「診断書」に手をやった。
上から、そっと置いただけだったが。
「かと言って、奈菜ちゃんを・・・というわけには行かないんでしょうね?
お父さんにとっても、たった一人の子供になるんですから。」
哲司は、マスターのボヤキを聞いているうちに、そんなことを考えた。
「そう!そこなんですよ。」
今までゆっくりとした口調で話してきたマスターが、このときだけは瞬時に反応した。
「えっ!・・・・・・」
哲司は、自分から言い出したことなのに、そう言われると絶句した。
まさか、そんな話にはならないだろうと思っての言葉だったからである。
「そこまで、お見通しなら、話が早い。」
マスターは喜んだ。
哲司には、その喜ぶ理由が分らない。
「で、でも、ちょっと待ってくださいよ。
・・・と、言うことは、すでにその方向でお考えだということですか?」
哲司にすれば、そうしたことが決まっているのならば、どうしてこの自分に奈菜と付き合えと言って来るのかが、まったく理解できない。
「おっしゃるとおりなのです。」
マスターは、そこでまた座りなおした。
(つづく)