第9章 あっと言う間のバケーション(その147)
22歳になった今日でも、哲司はその祖父の言葉を忘れてはいなかった。
いや、その言葉だけではない。
10歳の小学校3年生の夏休みのこと。
それすなわち、祖父とふたりだけで田舎の生活をしたというひとコマひとコマをだ。
もちろん、その時系列や具体的な日にちまでは記憶にない。
だが、祖父が自らの行動と言葉で教えてくれたいろいろなこと。
それは、挫折を繰り返してきた哲司をそれと無く支えてくれる原動力となっていた。
それこそ、日頃は思い出しはしない。
それでも、何かに失敗をしたとき、あいるは何かに行き詰ったとき、どこかに逃げ出したくなるのを最後の部分で押し留めてくれていたのが、その夏休みでの祖父との関わりだったように思えるのだ。
確か、日数にして20日とちょっとだったと記憶している。
当時は、結構長い間だったように感じた。
宿題も、もちろん工作以外の宿題もだが、結局はその祖父の家でやり遂げた。
分からないところは祖父が教えてくれた。
それも、直接的な答えだけではなく、どうしてその答えになるのかまでも、ゆっくりと教えてくれたものだった。
今考えても、小学校から専門学校までのすべての学校生活で、尤も充実した夏休みではなかったかと思えるのだ。
当時は長いと思えた時間だったが、今改めて考えれば、如何にも短いひと時だった。
祖父は、「哲司にとってのドラえもんは、お父さんとお母さんなんだ」と言った。
今の状況を考えれば、まさに「そのとおり」なのだ。
両親の存在なくしては、今の哲司は生きてはいけない。
そのことを改めて「自覚」する哲司だ。
そして、それが祖父の家で暮らした最後の時間だった。
(つづく)