第9章 あっと言う間のバケーション(その144)
「哲司にしたら、どうして綺麗な音で鳴らないんだって思うかもしれないが、それは、今も言ったように、哲司がまだその竹のことがよく分っていないだけで、何度が吹いているうちに、その竹が持っている特長ってのが掴めて来るだろう。
そうすれば、きっと、哲司がビックリするほどの綺麗な音で鳴る筈なんだ。
爺ちゃんは、そう思う。」
祖父は、ゆっくりとそう説明してくる。
何とか、小学校3年生の哲司に、そのことを理解させようとしているようだ。
「哲司でもそうだろ?」
祖父が急に声のトーンを上げて言ってくる。
「ん? な、何が?」
哲司は言われたことが分からない。
「どうして、こんなことが出来ないんだって言われたら、どうしたって腹が立つだろ?」
「う、うん・・・、それは、そうだけど・・・。」
「勉強にしたって、どうしてこんなのが分からないのよってお母さんに言われたら、出来ないのは自分の所為だとは分っていても、どうしても嫌なものだろ?」
「う、うん・・・。」
「そのお母さんと同じことを、今、哲司はその竹に対して言っているようなものなんだ。
折角僕が苦労して作ったのに、どうして綺麗な音が出ないんだって・・・。」
「・・・・・・。」
「もちろん、竹には哲司のように文句が言える口がある訳じゃあない。
だから、ただ、黙って哲司の焦りや怒りをじっと耐え忍んでるんだ。
でもな、その竹は、ちゃんと綺麗な音で鳴るだけの素質を持っている。
そのことは、何年もこうした竹を扱い続けて来た爺ちゃんにはよく分かるんだ。」
「・・・・・・。」
「それと同じで、哲司にも、いずれはちゃんとした大人になれるだけの素質はある。
いや、ある筈なんだ。
あれだけ苦労をして大人になったお父さんと、この家で、ゆったりと感性豊かに育ったお母さんとの間に出来た子供だ。
そうした素質を持っていない筈はないんだ。」
「・・・・・・。」
「ただな、この竹と同じで、そこに他の竹には無い独特の個性があるが故に、他の竹と同じ音では鳴らないんだ。
つまりは、他の子と同じようには育たないって一面もある。」
「少し変わってるってこと?」
哲司は、ようやくそれだけを問い返す。
自分とこの竹を重ねてのことだ。
「ああ・・・、そうだな。そうとも言えるだろう。
それでも、それは決して悪いことじゃないんだ。
皆と同じでなければいけないこともあるが、逆に、皆と違う能力を持つってことは、これからの時代、特に必要になってくるだろうしな。」
「・・・・・・。」
「もう、今夜はここまでで止めておけ。夜は、意外と音が遠くまで聞こえるからな。
近所迷惑になってもいけない。」
祖父は、ゆっくりとそう言った。
(つづく)