第9章 あっと言う間のバケーション(その143)
「哲司の吹き方が、まだその竹と合ってないだけだ。
それを、その竹の特徴というか、個性というか、そうしたものを哲司が理解したときには、今よりもずっと綺麗な音が鳴る筈なんだ。」
祖父は、まるで諭すように言ってくる。
「この竹の個性?」
哲司は、朝から触ってきた幾つもの竹を思い浮かべる。
「人間と一緒で、竹にも個性がある。
その個性を上手く生かしてやれるかどうか。それが、竹細工の最も大切なことなんだ。」
「う、う~ん・・・。そ、それは分かるけれど・・・。」
「だったら、その竹笛ともう少し付き合ってやれよ。
今も言ったが、その竹、とっても好い個性を持ってる。
そうだな、今の哲司と似てるのかも知れん。」
「ええっ! ぼ、僕と似てるって?」
哲司はマジマジと竹笛を見る。
「ああ・・・、少し不器用で、見た目もそんなに良い物とは思えないのだが、どうしてどうして・・・、なかなか好い個性をしてる。
後は、吹き手の哲司が、その竹が持っている良さを如何に見つけてやれるかだ。
それさえ分かれば、その竹笛は、他と比べても絶対に負けないだけの綺麗な音で鳴ってくれる筈だ。」
「そ、そうなんだ・・・。」
哲司は、手にした竹笛がいとおしくなってくる。
ひとつには、やはり自分で作った笛だという思いがある。
無論、祖父の真似をするようにして切ったり、切込みを入れたりしただけなのだが、そこに葉っぱを1枚差し込んだだけで音が出るとは思っていなかった。
いや、信じられない気持だった。
それなのに、こうして実際に作ってみて、そして吹いてみて、濁った音ではあったが最初に鳴ってくれたことは非常に嬉しいことだった。
そう、生まれて初めて作った竹笛なのである。
「そうだな。哲司は、その竹笛のお父さんなんだ。」
「えっ! お、お父さん?」
「だってそうだろ? 哲司が作らなかったら、哲司が作ろうと思わなかったら、その竹は今でもこの箱の中で人形か何かに加工されるのをじっと待つだけだったんだからな。
そうした竹笛となったのは、哲司が作りたいって思ったからだろ?
そして、哲司がその手で作ったからだろ?」
「う、う~ん・・・、そ、それはそうだけど・・・。」
哲司は、祖父が言う理屈は分からないではないが、それでも「お父さんだ」と言われることにはどうしてか居心地が悪いものを感じる。
「お父さんやお母さんだって、そうした思いで哲司を産んで育ててくれてるんだ。
こんな子になって欲しい。あんな子に育って欲しい。
大人になったら、立派に社会の役に立つ人間になって欲しいってな・・・。」
「・・・・・・。」
「それは、今哲司がその竹に求めているのと同じことなんだぞ。
分かるか?」
「う、う~ん・・・。」
哲司は答えようが無い。
(つづく)