第9章 あっと言う間のバケーション(その140)
「な、鳴ったあ・・・。」
哲司は、祖父の顔を見るようにして言う。その反応が知りたかったからだ。
だが、祖父は何も言わなかった。目を瞑るようにして、小さく頷くだけだった。
「だ、駄目?」
哲司が訊く。そうして何も言われないと不安が増してくるばかりだ。
「い、いや・・・、そんなことはない・・・。」
祖父はそれだけを言ってくる。
それでも、目は同じように閉じたままだし、まるで哲司の笛の音を聞き分けようとするかのようにじっと耳を傾ける姿勢を崩さない。
(あああ・・・、そうか・・・。)
哲司も思い出した。
先ほど、祖父が「何度か練習が必要だろう」と言っていたことをだ。
つまりは、もっと吹く練習をしろってことなのだろうと理解をする。
で、哲司は、またまた先ほどと同じことを繰り返す。
出来るだけ空気を吸い込んでおいて、それを風船を膨らませる要領で一気に竹の中へと送り出す。
「ぴぃ~~~~~~・・・」と笛が鳴る。
それが終わると、また同じことを繰り返す。
そして、さらにまた・・・。
何度目になっただろう。
そろそろ哲司も息が切れてくる。
別に走っている訳ではないのだが、そう何度も繰り返していると、まるで短距離を全速力で走り終えたときのような息苦しさが増してくる。
(こ、今度で、ちょっと休もう・・・。)
そう思った矢先だった。
「おう、今のが一番綺麗だった・・・。」
祖父が突然のようにそう呟いた。
それでも、それを哲司に向かって言っているようではない。
依然として、じっと目を閉じたままで耳を哲司の方へと傾けている。
「ん? そ、そうだった?」
哲司にはそう言われるだけの自信はなかった。
何度も吹いてはいるが、自分ではいずれも同じような音に聞こえていたからだ。
「ああ・・・、余計な息を使ってなかった。」
「んん? 余計な息?」
もちろん、哲司にはその意味が分っていない。
それでも、自分は同じ音のように思えていたのに、祖父がそうして「今のが一番・・・」と言ってくれたことが何とも嬉しかった。
「吸った空気を全部使えていたってことだ・・・。だから、竹が哲司の呼吸をちゃんと音にしてくれたんだ・・・。」
「・・・・・・。」
そんな難しいことを言われても、哲司には理解できない。
何の、どんなことを言われているのか、さっぱりである。
「良いから、もう一度・・・。でないと、今の呼吸を身体が忘れてしまう。」
祖父は、練習を中断しようとした哲司に続けるように言ってくる。
(つづく)