第9章 あっと言う間のバケーション(その139)
「ど、どう吹けば良いの? どう吹けば、爺ちゃんのように綺麗な音が出せるの?」
哲司はそれが分からない。
同じ竹笛なのに、どうして祖父が吹くとあんなに良い音が出るんだろう?
「少し、笛の先を下に向けて、そして、それからお腹に一杯空気を溜め込んで、で、それを一気に押し出してやる。
そうすれば、きっと綺麗な音になる。
やってみな? 何度か練習が必要だろう。」
祖父は、そう言ってくる。
「んんん? 先っぽを下に向けるの?」
「ああ、それぐらいで良い。」
「で、お腹に空気を一杯溜める・・・。」
哲司は、そう言ってから、胸一杯に空気を吸う。
そう、まるで深呼吸をするときのようにだ。
「違う違う・・・。」
祖父が慌てて手を横に振る。
「ん? これじゃ駄目?」
「それはまるで深呼吸だ。そうではなくって、お腹に空気を溜めるんだ。」
「お、お腹?」
哲司は、「お腹に空気を入れる」ということが理解できない。
空気は、どうしたって口から吸って、胸に入れるものだろうと思う。
「哲司は、腹式呼吸って知らないのか?」
祖父が首を傾げるようにして訊いてくる。
「フクシキって?」
「お腹の筋肉を使ってする呼吸方法だ。」
「う、う~ん・・・、わかんない。」
哲司は、何となくその意味は分かるような気もするが、だからと言って、それを自分がやれるとは思わない。
「う~ん・・・、10歳ぐらいだと、まだ無理なのかなぁ~・・・。」
祖父は、珍しく考え込むような顔をする。
「まあ、良い。出来るだけ空気を一杯吸い込んでおいて、それでそいつを一気に竹の中へ送り込んでやるんだ。
そうだな、風船を膨らませるときのようにだ・・・。」
「う、うん・・・。や、やってみる。」
哲司はまた深呼吸をする。
(う~んと・・・、一気に強く・・・。)
哲司は、頭の中で念仏を唱えるように繰り返しながら、その場面をイメージする。
で、一杯に吸い込んだ空気を一気に吐き出しに掛かる。
そう、咥えているのは風船だと思ってだ。
と・・・。
「ぴぃ~~~~~~・・・」と笛が鳴った。
澄んだ音だった。
(つづく)