第9章 あっと言う間のバケーション(その130)
「だから、人間の運動能力ってのはせいぜい20歳代までしか成長しないんだが、ここはまだまだ成長するんだ。」
祖父は、そう言って自分の頭を指差す。
「爺ちゃんぐらいになっても?」
哲司は気が遠くなりそうに思う。
「ああ、きっとそうなんだろうな。
だから、新しいことにも挑戦できるし、新しいことも覚えられるんだ。
まぁ、それでも、もうそろそろ限界かも知れんが・・・。」
祖父は、指差していた掌を、今度は広げるようにして自分の額に当てるようにする。
「げ、限界って・・・、あるの?」
哲司は、脳味噌の皺が増え続けるのであれば、生きている間はちょっとでも成長するんじゃないかと思って言う。
「う~ん・・・、きっと、人間にはあるんだと思うな。これ以上は無理って時期がいずれはやって来るからな。
でもな、だからこそ、そこまでは一生懸命にやらなくっちゃいけないんだろう。
爺ちゃんはそう思ってる。」
「がんばるってこと?」
「ああ、そうだ。だから、“人間死ぬまで勉強”って言うんだ。」
「し、死ぬまでって・・・。」
哲司は、それこそ気が遠くなる。
「そういう意味において、哲司はこれから凄いことをやろうとしてるんだぞ。分かってるか?」
祖父は、話題を元に戻そうとしたようだった。
「ええっ! 凄いことって?」
哲司には、言われたことが理解できていない。
「だって、そうだろうが・・・。
爺ちゃんが60歳を超えてから勉強し始めたことを、小学校3年生の哲司がやり始めるんだぞ。」
「・・・・・・。」
哲司は、目が点になる。
「哲司は、いま幾つだ?」
祖父が切り返してくる。
「ん? 10歳になったよ。」
「だろ?」
「んんん?」
「爺ちゃんがこの竹笛を作り始めたのは60歳過ぎだ。
それを、哲司は10歳でやり始めるんだ。その差は50年だ。半世紀だ。
これって、凄いことだろうが・・・。」
「そ、そう言われると、そうだけど・・・。」
「ま、哲司が、これを契機に竹細工を作っていくことも無いだろうが、それでもな、10歳にして竹笛が作れたとしたら、哲司のこれからに大きな大きな経験になるだろうよ。」
「や、やっぱり、そんなに難しいんだ。竹笛を作るのって・・・。」
哲司は、少し弱気になる。
(つづく)