第2章 奈菜と出会ったコンビニ(その52)
「それからまもなく、娘は突然、銀行を辞めたのです。」
「やはり、それは結婚の準備のため?」
「多分、本人はそのつもりだったのでしょう。
でも、事前の相談は何もなかったのです。私たちには。
ですから、驚きましたよ。
まだ、正式に結婚すると話が決まっていたわけでもありませんでしたから。」
「お腹が目立つようになったからではないのですか?」
「幾らなんでも、そんなに早くは大きくはなりませんよ。
ただ、2人で話した結果だと娘は淡々と言うだけでした。」
「ご心配だったでしょうね。」
「そりゃあ、心配でしたよ。
結婚することにしたから、と娘は言うのですが、一度もその相手すら紹介しなかったのですからね。
親としては、“ちょっと待てよ、順序が間違っていないか?”としか言えませんでした。」
「それで・・・?」
「そうしたら、娘は“ちゃんとしてから説明するから”と。」
「相当な覚悟ですよね。そこまで言い切られるのですから。」
哲司は、奈菜の母親をそれとなく想像してみた。
顔は、奈菜のままである。
そうすると、体型や雰囲気までが奈菜とダブってくる。
奈菜の母親にあったことがないのだから、その点は致し方ない。
「あれだけの事を自分ひとりでやるとは思っても見ませんでした。」
マスターは珈琲をまた一口飲んでから話し始める。
「・・・・・・・・」
その意味がよく捉えられなかった哲司は、何かを言いかけてそこで止まる。
「結婚の式場、日取りなどを次々と決めてくるのです。
そして、結果だけを報告してきます。
この日が結婚式、場所はここ。
ちゃんと予定に入れといてね。
そう、言うんですよ。
家内は、もう卒倒しそうでした。
やはり、こうなった責任が自分にあると思っていたようですから。
その思いは、死ぬまで感じていたようです。」
「えっ!・・・・お母さん、亡くなられたんですか?」
哲司が初めて聞かされたことだった。
(つづく)