第9章 あっと言う間のバケーション(その126)
「ああ・・・、そのきっかけとなったのが、この佐古田爺さんが残してくれた煙管だった・・・。」
祖父は、改めてその煙管が入った箱を手にして言う。
「ん? ど、どうしてなの?」
子供の哲司には、その意味が分からない。
「さっきも言ったろ? この煙管を見てると佐古田爺さんが竹細工をしている姿を思い出してな。
そして、“自分でなければ出来ないものを作れよ!”って教えてくれたような気がしてな・・・。」
「うんうん・・・。」
哲司も、先ほどの話を思い出して頷く。
「だから、今までに作ってなかったものを作ろうって思ったんだ。」
「そ、それが竹笛なの?」
「ああ、そう言うことだ。だから、誰も先生はいない。爺ちゃん、本を買ってきて、独学でやり始めたんだ。」
「へ、へぇ~・・・、そ、そうだったんだ・・・。」
哲司は、祖父が「独学で・・・」と言ったことにある意味で衝撃を受けた。
「独学。」
この言葉は、小学校低学年の哲司には難解だった筈なのだが、どうしてかその意味も知っていた。
それは、父親がよく口にしていた言葉だったからだ。
哲司の父親は、子供の頃、何とかという難病に罹っていて、まともに学校に通えなかったらしい。
中学ぐらいまでは、殆ど病院に入院していたと聞いた。
それでも、手術を受けられる年齢になったからと、中学2年生のときに大きな手術を受けたという。
成功する確率は6割だったそうだ。
それでも、父親は、「失敗して死んでもいいから手術を受けたい」と主張したという。
このまま、一生を病院で暮らすのは嫌だ。
そう思っていたらしい。
その思いが通じたのだろう。
父親は、病気を克服できて、普通の日常生活に戻れた。
そんな父親が、それから1年後にあった高校受験を見事クリアしたのだ。
周囲は驚いたらしい。
そうした昔の話は何度か聞かされた。
で、父親がそうした中で強調したのが、いま祖父が言った「独学」という言葉だった。
学校にも通えていなかったのに、父親は目指す高校の入学試験をクリアした。
それは、病気が治ったときのことを考えて、常に自分で勉強をしていたからだと言う。
「だからな、勉強ってのは、何も学校がすべてじゃあない。
やる気にさえなれば、いつだって、どこだって、勉強は出来る。
要はやる気の問題だ。」
それが、父親の基本的な考えだった。
(つづく)
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