第9章 あっと言う間のバケーション(その118)
「煙たくはないか? 煙たいようだったら、少しの間、向こうに行ってても良いんだぞ。」
祖父は遠慮がちに煙を吐きながら言ってくる。
「ううん、大丈夫だよ。」
哲司も、祖父が吐き出した煙が立ち昇っていくのを見つめながら答える。
どうしてか、その煙はほぼまっすぐに天井に向かっていく。
「そっか・・・。」
祖父はそう言っただけだった。
後は、暫くは黙ったなりでゆっくりと煙草を吸う。
「その道具を使うと、そんなに煙って出ないんだね。」
哲司がふと感じたことを口にする。
「ん?」
「公園なんかでおじさんがタバコ吸ってるのを見るけれど、そのタバコって、吸ってないときにも煙が出てて、傍を通るとムチャ煙たいんだ・・・。
でも、爺ちゃんのタバコって、吸ってないときには殆ど煙って出てないし・・・。」
「そ、そうか・・・。なるほどなぁ~・・・。」
祖父は、そう言われたからか、改めて煙管の先を見つめるようにする。
「この煙管を使うと、そうなるのかも知れんな。紙が巻いてないからかな?」
「ん?」
「普通の煙草は、紙巻煙草といってな、紙が巻いてあるんだ。つまりは、燃えやすくしてあるんだ。
その点、この煙管に詰める煙草は葉煙草を喫煙用に加工しただけだから、さらには、それを指で詰め込むからなんだろうな。吸わない限り、あまり燃えないんだ。」
「へ、へぇ~・・・、そうなんだ・・・。」
哲司は、難しいことは分からなかったが、要は今祖父が吸っているタバコの方が煙が少ないんだと理解する。
「それに、この場所だな。」
祖父は天井を見上げながらそう付け加えてくる。
「ん? 場所って?」
哲司は、同じように天井の方向に視線を向けながら訊く。
「今は夏だから、ここに火は入れてないが、冬になればここで火を燃やすんだ。
以前、ここで餅を焼いて食べたこと、覚えてないか?」
「あああ・・・、そ、そうだね、そんなこともあった・・・。」
哲司もおぼろげにだが、そうした記憶はあった。
確か、まだ婆ちゃんがいた頃だった。
「だろ? ということはだ、ここで焚き火をするんだから、当然にだが煙は出るわな?」
「う、うん・・・。」
「その煙を上手く外に逃がすように作られてるんだ。」
祖父は、そう言って天井の方を指差す。
「へぇ~、そ、そうなんだ。だから、換気扇が要らないんだね。」
哲司は思いついた言葉を口にする。
家だと、魚を焼いたりすると、すぐに母親が換気扇を回すからだ。
それを連想した。
「あっははは・・・。そ、そうだな、換気扇ってのは、この家にはひとつもないな。」
祖父の大きな笑い声が天井に響いた。
(つづく)