第9章 あっと言う間のバケーション(その113)
「昔は、お客さんの顔が見えたんだ。この同じ村の人達が一番のお客さんだったしな。
だから、誰かの役に立っているってのが日々実感できてたんだ。」
祖父は懐かしそうに言う。
「い、今は?」
哲司が問う。
祖父がそう言う以上、今はそうではないらしいことだけは分かるが、その理由が飲み込めないのだ。
「爺ちゃんは、この同じ村で使ってもらえるのが一番嬉しかったなぁ~。
ザルだとか、籠だとか、花器だとか・・・。そうした実用的なものでな。
時には、“こんなザルが欲しいんだけど、作ってもらえないか?”って注文があったりして・・・。今で言うオーダーメイドだな。
そうした注文に応じられたときは、その人のために役に立てるっていう実感がふつふつと沸いてきてな。
でも、今じゃあ、そうした依頼もすっかり無くなってしまった。
皆、大量生産されて安いものを使うようになったからな・・・。」
「そ、そうなんだ・・・。」
「だから、最近じゃあ、こうして簡単な竹人形ややじろべえばかりを作るようになった。
哲司、これ、どこで売られるか知ってるか?」
「ううん、分かんない。」
「日本じゃあないんだ。」
「ええっ! 日本じゃあないって! じゃあ、どこなの?」
「中国や、東南アジアの国だ。」
「えっ! そ、そうなの?」
「ああ・・・、しかもだ。見本としてだ。」
「見本?」
「つまりは、爺ちゃんの作った竹人形ややじろべえを向こうの国で作るため手本にしてるんだ。場合に寄っちゃあ、バラバラにしているらしい。どんな風に作られているのかを知るためにな。」
「そ、そんなぁ・・・。」
哲司は、バラバラにされる人形が可哀想になる。
「ま、爺ちゃんもこうして竹を弄るのが好きだからやってはいるが、もうそろそろこんな仕事は辞めようかと思っていたところなんだ。
そんなときに、哲司の言葉だろ?」
「ん? ぼ、僕がって?」
「竹笛が作りたいって・・・。」
「ああ・・・。」
「だから、嬉しかったんだ。久しぶりに、誰かのために竹細工が作れるって思ってな。」
「そ、そうだったんだ・・・。」
「だから、爺ちゃんとしても気合が入ってるんだ。」
「・・・・・・。」
哲司は、嬉しいようなくすぐったいような、複雑な気持だった。
「竹笛は、ただ穴が開いていて、吹けば音がするだけじゃあ駄目だからな。」
「ん?」
「学校で使ってるプラスチックの笛でもそうだが、ちゃんと音階が正しく鳴るんでなけりゃあ、それは笛とは言えんだろ?」
「そ、それは、そうだけど・・・。」
哲司は、そうしたちゃんとした笛が自分で作れる自信はまったく無かった。
(つづく)