第9章 あっと言う間のバケーション(その112)
「・・・・・・・・・。」
哲司は、祖父の笑顔に、もう何も言えなかった。
「哲司だと、これから先、つまりは将来大人になったらこうしたいとかああしたいとかって思うだろ?
でもな、爺ちゃんぐらいの歳になれば、“大人になったら・・・”とか、“これぐらいになったら・・・”が無いんだ。」
「んん? ど、どうして?」
「あははは・・・、それはな、もうそうした“節目”ってのが無いんだな。
とっくに大人になってるし、結婚もしたし、子供も生まれたし、そして哲司のような可愛い孫もできた。
つまりは、普通の人間が一生の間に経験する殆どのことを経験してしまったしな。
で、後はたったひとつだ。」
「ん? たったひとつ?」
「ああ・・・、後は、婆ちゃんのところへと出かけることだけだ。」
「ば、婆ちゃんのところへって・・・。」
哲司にも、その言葉の意味は理解できた。
「そ、そんなの・・・、嫌だよ。」
「哲司がそう言ってくれるのは爺ちゃんも嬉しいが、これはどうしても行かなきゃいけないんだ。分かるだろ?」
「・・・・・・。」
哲司は、分かるだけに、何も言えない。
「婆ちゃんが待っていてくれてるんだ。その婆ちゃんに忘れてしまわれないうちに、行ってやらなくっちゃ・・・。そう思ってるんだ。」
「そ、そんなに急がなくっても・・・。婆ちゃん、爺ちゃんのこと、忘れたりはしないよ。」
「そ、そうか? だったら、良いんだが・・・。
で、その婆ちゃんに、出来るだけ沢山の土産を持って行ってやりたくってな・・・。」
「お、お土産?」
「ああ・・・、それが、こうして過ごしている1日1日の積み重ねなんだ。」
「・・・・・・。」
「今日、こうして、哲司とふたりでご飯を作って食べたんだぞっていう話をだ。」
「・・・・・・。」
「それを楽しみに、婆ちゃん、向こうで待っていてくれてるんだ。
だから、出来るだけ、楽しい話を持って行ってやりたくってな・・・。
それが、今の爺ちゃんの夢だ。」
「・・・・・・。」
「だから、哲司にも、感謝!なんだ・・・。」
「う、う~ん・・・。」
哲司は、どう言ったら良いのかが分からない。
「竹笛を作りたいって言ってくれて、爺ちゃん、嬉しかったんだ・・・。」
「えっ! そ、そうなの?」
「ああ、誰かのために何かをする。それが、仕事と言うもんだって教えたろ?」
「う、うん・・・。」
「でもな、最近じゃあ、その誰かのためにってのが見えにくくなってる。
こうして竹細工を作っても、どんな人がそれを手にするのかが爺ちゃんには分からない。」
祖父は、傍に積んであった竹細工の仕掛品のひとつを手にして言ってくる。
(つづく)