第9章 あっと言う間のバケーション(その111)
「それを決めるのは哲司自身だから・・・。」
言外に、そう言ってくれたように思えた。
家では、いつも母親に指示されていた。いや、命令されていると言っても言い過ぎではない。
「起きなさい」「食べなさい」「風呂に入りなさい」「もう寝なさい」。
おまけに、「宿題はしたの?」「今日の復習はしたの?」「予習もするのよ」・・・とだ。
まるで、母親のために動いている、そんな感じさえ持っていたのだ。
それなのに、今、祖父は「いつ寝ても良いぞ」と言ってくれたのだ。
これは、指示でも命令でもない。明らかに、「哲司の好きにしろ」と言ってくれたも同然。
こんなことを言われたのは初めてのような気がする哲司である。
「さあ、これからが爺ちゃんの趣味の時間だ。」
祖父は、哲司と同じように囲炉裏端に腰を下ろしてきて言う。
「ン? 趣味の時間?」
「ああ・・・、今の爺ちゃんにとって、一日で一番幸せを感じる時間だ。」
「た、竹細工をすることが?」
哲司にはとてもそうは思えなかった。仕事のひとつなのではないかと・・・だ。
「う~ん・・・、竹細工か・・・。ま、それもあるかな?」
「んんん??」
哲司は、祖父の言い方がよく理解できなかった。
祖父は、風呂で、「風呂を上がったら竹細工をする」と言った。
哲司は、それを1日の仕事の一部だと理解をした。
そう、畑仕事や、食事の準備と同じでだ。
だからこそ、哲司も「テレビは見ないでおこう」と思ったのだ。
それなのに、祖父は「この時間が一番幸せだ」と言う。
おまけに、哲司が「竹細工をすることが楽しいのか?」と訊いたのに、「それもあるかな」と答えたのだ。
哲司の頭に「?」が浮かんでも不思議ではない。
「じゃ、じゃあ、何が楽しいの?」
哲司が再確認する。
「そ、そうだなぁ・・・。こうして、1日の終わりを噛み締めることが出来るってことかな?」
「1日の終わり?」
哲司は、そんなことがどうして楽しいのか理解できない。
「ああ、そうだ。今日も1日、何事も無く、平々凡々と暮らせたなぁ~って・・・。」
「そ、そんなことが、楽しいの?」
「う~ん、ま、楽しいと言うより、幸せだって思うんだな。そして、感謝する気持になれる。」
「か、感謝? だ、誰に感謝するの?」
「いろんなものにさ。お天道様を初めとする自然に、そして、今日出会えたいろんな人にもな。
だから、今日は、哲司にも感謝だ。」
「んんん? ど、どうして?」
「さて、どうしてなんだろうな?」
祖父は、にっこり笑ってそう言った。
(つづく)