第9章 あっと言う間のバケーション(その107)
「いいかげん?」
哲司は、自分が叱られたときのように難しい顔になる。
まるで「哲司の口がいい加減だ」と言われたように感じてだ。
「ああ、だから好き嫌いも人によって違ってくるんだ。
でもな、それで良いんだ。」
祖父は、また湯呑の茶を口に運びながら言ってくる。
「ん? そ、それで良いって?」
哲司は、言われている意味がもうひとつピンと来ない。
どこかに、「いい加減でも良いのだ」と肯定されたようにも思えたからだ。
「だって、そうだろ? カレーだって、ラーメンだって、いろんな店があるだろ?」
「う、うん・・・。」
「絶対にこの店のカレーが他より美味いって皆が感じたら、他の店に行く客はいなくなるだろ?}
「う、うん・・・、そ、そうだね。」
「ある人はこっちの店のカレーが好きで、また別の人はあっちの店のカレーが好き。
それで良いんじゃないのか?
食べ物に、絶対はないんだ。好きなときに、好きなように、好きなメニューを選んで食べられる。
そうした何とも贅沢な時代になったんだし・・・。」
「うっ、う~ん・・・。」
「でもな、これだけは忘れて欲しくないってことがあるんだ。」
「ん? な、何?」
「哲司も、いまそうして冷蔵庫で冷やしたプチトマトを食べたわな。」
「う、うん・・・。」
「で、昼には、井戸水で冷やしただけのプチトマトを食べたわな。」
「う、うん・・・。」
「どっちが美味かった?」
「う~ん・・・、お昼に食べた方かな?」
「それが答えなんだ。哲司としてのな。」
「ん?」
哲司は、その最後の「哲司としてのな」という言葉に引っかかる。
「つまりはだ、美味しいとか、美味しくないとかは、あくまでも哲司が決める事だってことだ。
爺ちゃんが、いくら井戸水で冷やした方が美味しいって言っても、哲司にはその実感は沸かなかっただろうと思う。」
「うっ、う~ん・・・。」
「だから、昼間、哲司が“どうして冷蔵庫で冷やさないのか?”って訊いたとき、爺ちゃんは敢えてその理由を説明しなかったんだ。
その代り、そのうちのひとつをこうして冷蔵庫に入れておいて貰ったんだ。」
「な、なるほど・・・。」
「だから、これは絶対に哲司が食べるんだぞって言っておいた筈だ。」
「ああ、そ、そうだった・・・。」
「味ってのは、人それぞれだ。ひょっとしたら、哲司は冷蔵庫で冷やした方が美味いって思うかもしれない。そう思ったからな。
ま、結果としては、爺ちゃんと同じ感想を持ったようだが、それもこれも、哲司が自分でその両方を食べ比べたから言えることだ。
それと同じで、何でもただ聞くだけではなくって、出来るだけ自分で経験してみる、つまりは、自分でやってみるってことが何よりも大切なことなんだ。
そうすることで、自分の感性に自信が持てるようになるからな。」
祖父は、噛み砕くようにゆっくりと言ってくる。
(つづく)