第9章 あっと言う間のバケーション(その98)
「そ、そうなんだ・・・。」
哲司も、またタマネギを同じように鍋に入れる。
何とも身近な食材に思えたからだ。
「だから、お母さんがいろいろと言ってるってのは、タマネギで言えば風なんだ。」
祖父は、またタマネギを食べようとする哲司を見て、そう言ってくる。
「うっ、うん・・・。」
哲司は、その祖父の言葉はすぐに理解する。
「全部が全部聞けはしないだろうが、少しでも聞く耳を持つようにしなくっちゃな・・・。」
「う、うん・・・。」
「すべては、哲司のために言ってるんだ。決して、最初から怒ってるんじゃない。
こうするべきだよって注意してるんだ。教えてくれてるんだ。
それを、何度言っても聞かないとお母さんも怒ることになる。」
「う、う~ん・・・。」
「叱られているうちにその内容をちゃんと理解することだ。そうすれば、怒られなくなる。」
「言うことを聞かなくっても?」
「だ、だから・・・、聞けないときには、聞けない理由をちゃんと伝えることだ。
それを黙っていると、お母さんだって“何度も言ってるのに・・・”と怒ることになるだろ?
さっきも言ったが、哲司は、ことの優先順位は分っている筈だ。
それが分からない愚か者じゃあない。
だから、それで判断して、すぐには従えないと思うのであれば、ちゃんと自分の口でその理由を伝えるべきなんだ。
そうすれば、お父さんやお母さんだって、哲司の状況や言い分を理解してくれるようになる。」
「・・・・・・。」
「分かったのか?」
「う、うん・・・。」
「そ、そうか・・・。ま、すぐにはそうは出来んだろうが、爺ちゃんがこんなことを言ってたなと、せめてタマネギを食べるときにでも思い出してくれればそれで良い。
それさえ忘れなかったら、少しずつ出来るようになるだろう。」
「だ、だと良いけれど・・・。」
「きっと出来るさ。哲司ならば・・・。」
「う、うん・・・。」
「ああ・・・、お喋りが過ぎたかな?
こんな話をしていると、つい手が止まってしまうな。
もう、爺ちゃん喋らんから、しっかりと食べろ。」
祖父は、哲司の食べるスピードが落ちたのを気にかけたようだった。
改めてそう言ってくる。
「ううん・・・、大丈夫だよ。ちゃんと食べるから・・・。
だから・・・。」
哲司はその先の言葉を言えなかった。
「ん? だから?」
「う~ん・・・、何か、何でも良いから、お話してよ。僕、爺ちゃんの話聞くの好きだよ。」
「そ、そうか・・・。」
祖父は、嬉しそうに笑った。
(つづく)