第9章 あっと言う間のバケーション(その97)
「漫画を読んでいるときには言えなくっても、宿題をしているときだとそれが言える。
つまりは、哲司の中で、事の優先順位がちゃんと理解できているってことだ。」
祖父は、意識してなのだろう、この部分はゆっくりと噛み砕くように言ってくる。
「ユウセン順位って?」
哲司はその言葉を確認する。
大凡のイメージはあったが、確かなものではなかったからだ。
「どれが大切なことかってことだ。」
「大切?」
「ああ・・・、今の例で言えば、漫画を読むこととご飯を食べること。宿題をすることとご飯を食べること。その比較だな。
どっちがより大切なことかってことだ。」
「う、う~ん・・・。」
哲司は、口ではそれだけしか言えなかったが、頭では祖父の言うことはよく理解できていた。
漫画とご飯だったら、それはご飯だろう。漫画は後でも読める。
宿題とご飯だったら、それは宿題となるのだろう。
「それが分かっているから、漫画を読んでるからご飯は後でとは言えないんだ。
で、宿題をしているときだったら、それはちゃんと言える。」
「・・・・・・。」
「哲司も、もう幼児じゃあない。」
「ヨウジって?」
「赤ん坊じゃあないってことだ。」
「う、うん・・・。」
「お父さんやお母さんが、哲司のためにどれだけいろんな面で頑張ってくれているかを分からなければいけない歳になってるってことだ。」
「・・・・・・。」
「タマネギで言えば、哲司は、今は縄で縛られて日の当たらない場所で吊るされてる時期なんだ。」
「ええっ! つ、吊るされてるの?」
「ああ・・・、そうだ。だから、いろんな意味で窮屈だったりするだろう。
でもな、今哲司が食べたタマネギのように、甘くって美味しくなるためには、そうして日の当たらない、つまりは、人の目にあまり触れないところでの時間ってのがどうしても必要なんだ。
その吊るされているときに、周囲に吹いてくる風をどれだけ感じ取れるか、それによってタマネギの美味しさが決まってくるんだ。」
「・・・・・・。」
「だから、爺ちゃん、2日に1度は、その吊るしている向きを変えてやっているんだ。」
「ん? ど、どうして?」
「もともと風通しの良い場所に吊るしてはあるんだが、幾つものタマネギを束ねているだろ? そうするとな、タマネギによったら、そうした風をうけないままでいる奴が出てくるんだ。
だから、皆が均等に風を受けれるように、そうして時々向きを変えてやってるんだ。」
「へ、へぇ~・・・、でも、邪魔臭くない?」
「ああ・・・、それは邪魔臭いし面倒なことだ。
でもな、それがタマネギの親である爺ちゃんの役目なんだ。
どの子にも、美味しくなって欲しいからな。」
祖父は、そう言って、そのタマネギをまた鍋の中へと入れる。
(つづく)