第9章 あっと言う間のバケーション(その94)
「タマネギだって、こうして美味しく食べたいから、爺ちゃん、手間隙を掛けて植えて育ててるんだ。それは分かるだろ?」
祖父は鍋から取り出したタマネギを皿の上に敷いた紙の上で2~3回ひっくり返したかと思うと、徐に小皿の岩塩のところへと運んで、それを撫でるようにしてから口へと運んでいく。
「う、うん・・・。」
哲司もタマネギを食べながら答える。
「それと同じでな。子供に立派な大人、社会に役立つ人間になって欲しいから、親は厳しく叱るんだ。
して良いこと、したら駄目なこと・・・。そうしたことを、大人になるまでにちゃんと教えなきゃならんからな。
それが親の役目だし、責任なんだ。」
「せ、責任?」
「ああ・・・、そうだ。子供を社会の役に立つ人間に育てるのが親の責任なんだ。
ただただ、飯を食わして、身体を大きくするだけじゃあ駄目なんだな。」
「・・・・・・。」
「タマネギだってそうだろ?」
「ん?」
「一応は、姿形はそれなりのタマネギになったとしても、こうして料理してみたら、とても苦くって食べられなかったら、作った意味はなかろう?」
「う~ん・・・、まぁ、そうだけど・・・。」
「そうしたタマネギは、気の毒だが捨てることになるわな?」
「す、捨てちゃうの?」
「ああ・・・、ま、豚の餌にしたり、土に埋めて、肥やしにすることも出来ないことは無いが、そのために手間隙掛けて作ったわけじゃあない。そうだろ?」
「う、うん・・・。」
「でもなぁ~・・・。タマネギだと、そうすることは可能なんだが、人間だとそうも行かない。
駄目な人間だから、社会に役に立たない人間だからと言って、捨てたりは出来んわな。」
「そ、そうだね・・・。」
哲司は、祖父の口から「人間を捨てる」という言葉が出てきたことに衝撃を覚えた。
「最近は、そうした人間が多くなった。」
「・・・・・・。」
「社会に役立たないばかりか、社会に危害を加える奴が出てきた。
平気で殺人をする、強盗をする・・・。
しかも、その相手に恨みがあるとかではないんだ。
酷い奴は、“誰でも良いから殺してみたかった”などと言う奴まで出てきた。」
「・・・・・・。」
「もちろん、そんなことをする奴が悪いんだ。それは間違いが無い。
でも、そんなことしか考えたりできなくなった大人に育ててしまったのはその親だ。
社会が悪い、時代が悪いという人もいるが、爺ちゃんは、決してそうじゃあないって思う。
社会や時代の責任にするべきじゃあない。
どんなことがあっても、子供が間違った人間に育ったのは、その親の責任なんだ。」
「・・・・・・。」
「そんな間違った大人になって欲しく無いから、親は子供を厳しく叱るんだ。
決して、そう毎日怒ってるんじゃないんだ・・・。」
祖父は、今度はピーマンを口に入れる。
(つづく)