第9章 あっと言う間のバケーション(その91)
「ああ・・・、イタリアの?」
哲司は、その外国の名前だけがやけに印象にあった。
「戦争が終わったとき、下のお兄ちゃんは、航空隊にいたんだ。整備士の卵としてな。」
祖父は、また次の材料を鍋に入れながら言ってくる。
「えっ! 航空隊って?」
「陸軍の航空隊だ。」
「兵隊さんだったの?」
「う~ん・・・、下の兄ちゃんは、工学を勉強してたからな。
で、中学校から陸軍に入ったんだ。
もちろん、戦争の終わりに近い頃だったから、もう飛行機もまともなものは無かったそうだが・・・。」
「そ、それで?」
哲司は、その軍隊と岩塩がどうにも結びつかない。
「ああ、で、戦争が終わってな、東京に行ったんだ。
ここに戻ってきても、食べていけないって思ったんだろう。
家には、一番上のお兄ちゃんが戻ってきてたからな。
で、駐留軍の食堂で働くことになったらしいんだ。」
「ん? そのチュウリュウグンって?」
「ああ・・、日本は戦争に負けただろ? で、アメリカ軍が大量にやって来たんだ。」
「もう、戦争をしてないのに?」
「うん、日本を支配するためにな・・・。」
「・・・・・・。」
哲司は、戦争のことを言われても殆ど理解できない。
「つまりは、日本中が捕虜になったようなものだ。」
「へ、へえ~・・・、捕虜に・・・。」
「で、そのアメリカ軍の食堂で、この岩塩を手に入れてきたんだ。
とても珍しいものだからって・・・、土産に持って帰ってきたんだ。」
「お土産?」
「ああ・・・、でもな、試しに握り飯に使ってみたんだが、とても美味しいとは思えなかったんだ。
そうしたら、その兄ちゃんが、これは肉に使うもんなんだって・・・。
で、家で飼ってたニワトリを料理してくれてな。」
「ええっ! ここに、ニワトリがいたの?」
「ああ、昔は、どこの家でもニワトリを飼ってた。卵が貴重だったからな。」
「そ、そうなんだ・・・。」
「そうしたら、そのニワトリ料理の美味かったこと・・・。
でもなぁ・・・。」
「ん?」
「その時が、その下のお兄ちゃんと会う最後になってしまって・・・。」
「ええっ! ・・・・・。」
「東京に戻って半年後ぐらいに病気で死んでしまったんだ・・・。」
「・・・・・・。」
「で、爺ちゃん、その時にお兄ちゃんが持って帰ってきたイタリアの岩塩を大切に持っていたんだ。どうしてか、無駄に使えなくってな・・・。」
「う、うん・・・。」
哲司も、その時の祖父の気持が分かるような気がした。
(つづく)