第9章 あっと言う間のバケーション(その89)
「嘘だと思うのなら、他の野菜なんかも食べてみな?
そうすれば、きっと、爺ちゃんが言っている意味が分かる筈だ。」
祖父は、そう言いながら、鍋の中から幾つかの野菜を取り出して自分の皿へと持っていく。
「う、うん・・・。」
哲司は、そうした祖父の動きを真正面に捉えながら、また菜箸に持ち替えて、次の食材を探しに行く。
「哲司、ひとつひとつじゃあ食べる前に腹が膨らんでしまうから、幾つかのものを一遍に入れて揚げる方が良いぞ。」
「う、うん、分かった。」
そう言ったものの、哲司は次の食材がなかなか決められなかった。
それだけ、いろんな野菜が並べられていた。
「う~んと・・・。」
哲司は、そう言いつつも、タマネギを選んだ。
タマネギの天麩羅が好きだったこともあるし、それに、崩れないように爪楊枝が刺してあるのが目に付いたからだった。
「それと・・・。」
次に、人参を入れる。祖父が紅葉の形に切ってくれていたからだ。
「ん? 爺ちゃん、こ、これは?」
哲司はとあるものに目が行く。いろんな色の食材の中で、白いものがふたつあったからだ。
「卵だ。ウズラのな。それも、美味いぞ。」
「じゃあ、これは?」
「それ、分からんか?」
「う、う~ん・・・。」
「餅だ。」
「ええっ! お餅?」
「ああ・・・、火が通りやすいように、少し小さく切ってはあるんだが・・・。」
「ヘェ~、お餅も揚げられるの?」
「ああ・・・、他のものよりは、多少は時間がかかるんだが・・・。パリパリとした食感があって・・・、それもまた美味いもんだ。
でも、そいつは、最後の方が良いかもしれんな。おかずには不向きかも・・・。」
「ああ・・・、そ、そうだね・・・。」
哲司も、餅とご飯の組み合わせを思って言う。
で、3つ目の食材にサヤエンドウを選んだ。色が綺麗だった。
「昔は、ここにクジラの肉もあったりしたんだが・・・。」
祖父は、そうして自分が食べるものを自らの手で揚げていく哲司のことを見ながら言ってくる。
「ええっ! クジラ? クジラって、あのでっかいクジラ?」
「あははは、そうだ。今じゃ捕鯨ってのが禁止されているから、なかなか手に入らないんだが、昔は、そうだな、少なくとも哲司のお母さんが子供の頃までは、クジラの肉も一般家庭で食べることが出来たんだ。」
「そ、それって、美味しいの?」
「ああ・・・、美味かったなぁ~。もう、殆ど、その味は忘れてしまったんだが・・・。」
「・・・・・・。」
哲司は、鍋の中に、小さなクジラが浮かぶのを想像した。
(つづく)