第1章 携帯で見つけたバイト(その9)
今日、引越しをするのはプロダクションの事務所のようだった。
ドアの横に掲げられていた看板でそれと分る。
「滝沢プロダクション企画株式会社」とあった。
勿論、大手ではないだろう。
芸能に多少は詳しい哲司も、聞いたことが無い名前である。
「おい、大凡の段取りは出来たか?」
部屋の中へ入った香川主任が大きな声を出す。
部屋のあちこちで作業をしている男達を見渡すようにして、1人の若い男が前に進み出た。
「移動可能なものは殆ど終わりました。ただ・・・」
「ただ?」
「無線装置のようなものがありまして・・・・」
「それがどうした?」
「まだ、動いているようなんです。」
「何だって?・・・・・電話回線などは、昨日の内に撤去してあると聞いていたんだが、どうして、そんなものが生きているんだ?
それはどこにある?」
香川主任はその男に案内をさせる。
どうやらそいつは壁の中に収容されている装置らしい。
配電盤のようなところを開けて覗き込んでいる。
「こいつは、どこの持ち物だ?」
香川が、後ろにいた男に訊く。
「分りません。運搬物のリストには載っていません。」
「だったら、ほっておけばいいだろ?引っ越す荷物のリストには載ってないんだろ?」
香川の顔には、「どうしてそんなことまで、俺がいちいち指図しなけりゃいけないんだ」というような怒りが浮き出ている。
「可愛そうに。この主任、今日、機嫌が悪いのに・・・・。」
哲司はその成り行きを見つめながら、香川に対応している若い社員を哀れに思った。
「上司の機嫌ぐらい、事前に掴んで置けよな。」
とも思う。
自分ではとても出来ないくせに、そうした思いだけは一端の大人気分なのだ。
「それは、そうなんですが・・・・」
まだ、若い社員は何かを言いかける。
「どうした?ほっておけばいいんだ。
逆に、リストに無いものまで運んだら、今度は俺が統括から叱られる。」
香川主任は、これで一件落着だとでも言いだけである。
「そこにあるパソコンを動かそうとすると、あの装置がピーピー鳴るんです。」
若い社員は、顔を紅潮させて説明する。
「何だって?・・・・一体、それはどういうこと?」
どうやら、香川主任にも訳が分らないようだ。
そこで、その若い社員が机の上に置いてあるノートパソコンを持ち上げる。
すると、申告どおりに、例の装置がピーピーと警告音のような悲鳴を上げる。
(つづく)