第9章 あっと言う間のバケーション(その87)
「ん? これって、なあに?」
哲司が訊く。家では天麩羅にはソースを掛けて食べていた。
「塩だ。それも、岩塩なんだぞ。美味いから、ちょこっとだけ付け食べてみな?」
祖父は大きく頷くようにして言ってくる。
「ガ、ガンエンって?」
「おおっ! 哲司、そうして何でも訊いてくるようになったなぁ~。
良いことだぞ。そうすることで、知識が積み重なっていくんだからな。」
「・・・・・・。」
そう言われても、哲司は何も言えなかった。それでも、祖父にそう言われるとどうしても顔がにやけてくる。
「岩塩ってのは、“岩”の“塩”って書くんだ。」
「ええっ! い、岩から削った塩なの?」
「ま、まあ、簡単に言えばそうなるかな?」
「う~ん・・・。」
自分から「岩から削った塩なの?」と言っておきながら、「そうだ」と言われても具体的なイメージが浮かばない哲司である。
「塩って、今は工場で作ってるんだが、昔は海の水、つまりは海水から作ってたんだな。」
「う、うん・・・。それは、聞いたことがある。海の水って、塩っ辛いものね。」
「そうだろ? で、その岩塩も、もともとは海水だったんだ。」
「えっ! そ、そうなの?」
「ああ・・・、昔海だったところが、大きな地震や地殻変動によって、海から切り離されたんだな。で、次第に水分だけが蒸発して、塩だけが残ったんだ。
そうして残された塩が塊となったのが岩塩なんだ。」
「じゃあ、岩みたいになってるの?」
「ああ、そうだ。途轍もない大きさのものもあるらしいな。
それを削ったものがこうして売られているんだ。」
「へぇ~・・・、そ、そうだったんだ・・・。で、爺ちゃん、その岩って見たことあるの?」
哲司は、そう言いながら、ようやくウインナーのタコにその小皿の塩を付けに行く。
「そ、それはないなあ~・・・。日本じゃあ採れないんだろうな。」
「ん? じゃあ、これは?」
「これはイタリア産だ。」
「ええっ! イタリアって、あの外国の?」
「あっははは・・・、そ、そうだ。ヨーロッパの国だな。」
「そ、それが・・・、どうしてここに?」
哲司には、その外国の塩がこの祖父の家にあることが信じられなかった。
「デパートに行けば売ってるからな。」
「そ、そうなんだ・・・。で、でも・・・。」
「ん? どうして、そのイタリア産の岩塩を使うようになったのかってか?」
祖父が先回りをしてくれる。
「う、うん。」
哲司がにっこりする。
「これは、爺ちゃんのお兄ちゃんが最初に持って帰ってきたんだ。」
「ええっ! お兄ちゃんが?」
「ああ・・・、ゆっくりと話してやるから、まずはそれを食べてみな。」
祖父は、鍋の中に野菜を入れていきながら、そう言ってくる。
(つづく)