第9章 あっと言う間のバケーション(その86)
「うっ、うわっ! お、面白い! ・・・。」
哲司が感嘆の声をあげる。
「あははは・・・、な、自分でやれば、結構楽しいもんだろ?」
祖父は、そう言ったかと思うと、そのまま席を立って行った。
「ん? ど、どこに?」
哲司は、視界の両端に、鍋の中のウインナーの蛸と、そして動いていく祖父の後ろ姿を捕らえて言う。
ひとりにされるのは不安なのだ。
「もう一膳、菜箸を取ってくる。哲司は、鍋の中を見てろ・・・。」
祖父はそう答えてくる。
「うわっ! 足が開いてきたよ!」
鍋の中を見ていた哲司がそう叫ぶ。
そうなのだ。4本足だが、ウインナーの蛸の足が大きく開いてきたのだ。
如何にも蛸らしい格好になっている。
「ん! もうそろそろだな。」
気がつけば、祖父が戻ってきていた。
「えっ! も、もう食べて良いってこと?」
哲司はペロッと舌を出した。そして、祖父の顔を見上げる。
「そうだな、もう食べられる。その箸で、揚げてみな?」
祖父がそう言ってくる。
「う、うん・・・。」
哲司は、再び菜箸を持ち直す。
そして、鍋の中へとその箸の先を入れる。
「今度の方が摘まみやすい筈だ。」
「う・・・、うん・・・。」
哲司は、長い端の先をコントロールするのに躍起になる。
だが、意外にも、すんなりと蛸を摘まむことが出来た。
「おっ! その調子だ。それで、ゆっくりと持ち上げるんだ。」
「・・・・・・。」
「そうだそうだ・・・。」
「・・・・・・。」
哲司の箸がウインナーの蛸を皿の上に運んでくる。
「その紙の上に置け。」
「う、うん・・・。」
哲司は言われるままに、ウインナーの蛸を皿の上の紙に乗せる。
「で、できた~!」
箸の先からウインナーの蛸が紙の上に軟着陸したのを見て、哲司は思わずそう叫んだ。
「おおぅ~、出来たな、出来た、出来た・・・。」
祖父は、まるで自分の事のように喜んでくれる。
「で、菜箸は横に置いて、自分の箸で食べてみな。おっと、これをちょこっとだけ付けてな。」
祖父は小皿に入れた塩のようなものを出して、そう言ってくる。
(つづく)