第9章 あっと言う間のバケーション(その85)
「うっ、う~ん・・・。」
そう言われても、哲司はすぐには手が出せない。
何をどうすれば良いのかが分からないのだ。
「あははは・・・。そ、そうか、そうだったんだよなぁ~・・・。」
祖父はそう言って笑う。
哲司がすぐに動けない理由が分かったのだろう。
「そうだな、この菜箸を使うと良い。」
祖父は、そう言って、先ほどから自分が手にしていた料理用の長い箸を渡してくる。
「ん? サイバシ?」
哲司は、その名前を知らなかった。
「おう、この長い箸のことをそう呼ぶんだ。菜っ葉の“菜”に“箸”と書く。
で、この箸で食べたら駄目なんだぞ。」
「んんん? ど、どういうこと?」
「つまりはだ、この菜箸で素揚げをして、自分の皿へと入れる。
で、食べるのは、自分の箸でってことだ。分かるか?」
「ああ・・・、そ、そうするんだ・・・。」
哲司もようやく納得をする。
「でも、その菜箸が長くって使いにくいようだったら、割り箸でも良い。
ま、兎に角、一度、やってみることだ。」
「う、うん・・・。」
哲司は、ワクワクしてくるのを抑えられなかった。
「このタコからでも良い?」
哲司は、やはり祖父が切ってくれた4本足のウインナーの蛸に目が行く。
「ああ、好きなものからで良いぞ。」
祖父は楽しそうに言ってくる。
「う~んと・・・。」
哲司は、その長い箸を使ってウインナーの蛸を摘まみに行く。
2度ほどは摘まみ損ねたが、3度目には何とか摘まめる。
「お、上手い上手い、その調子だ。で、それをそのまま鍋の中に浸けるんだ。
上から落とすと、油が飛ぶからな・・・。」
「う、うん・・・。」
哲司は、慎重にその箸を鍋の上へと移動させる。
「ゆっくりと沈めるんだ。」
「う、うん・・・。」
哲司は汗を掻く思いでその箸の先を油の中へと沈めて行く。
「ジュジュジュ・・・」という音がする。
「よし、そこで放せ。」
祖父がそう言ってくれる。
「う、うん・・・。」
で、哲司が手の緊張を緩める。
と、ウインナーの蛸が、まるで生きているかのように鍋の中でくるくると回る。
そう、自らの周囲に泡を立てるようにしながらだ。
(つづく)